SIRASU｜リアクション

SIRASU

◆マイペースにしらす

　透明は空いたお腹を抱えて、食堂の前で足を止めた。ざわざわと賑やかなその中を、彼は無言で入っていく。

「いらっしゃいませーぇ！」
「すみませーん、しらす丼下さい。あの……しらす多めでっ」

　遠慮気味な注文にも、ちゃんと店員は答えてくれるようだった。しらすをこんもりと盛ったどんぶりを彼の前に持ってきて、お冷と一緒に置く。それを見て、明はわずかに微笑んだ。
　しらす、しらす、しらす……♪
　彼の後ろで屈強な男たちが歌いだしたり、

「あんたらうるさいよ！！」

　と屈強な男たちに対して、女主人がカンカンとけたたましい音を立てているが、そんなことは明の耳に入らない。彼はただ目の前のしらす丼をじっくりと見ていた。白く、淡雪のようにも思えるそのしらすに、明はそっと箸を入れる。そうしてゆっくりと、良く味わって食べ始めた。醤油と新鮮なしらすのハーモニー。素晴らしい。

「ドウモ、カワイイ小鳥チャン」

　しらす丼を味わう明の後ろ、日英俗語辞典という怪しげな本を片手に、観光客らしき男が女主人の前で四苦八苦しながら喋っている。

「私ノオ腹、シラスデイッパイ」

　観光客はしらす丼が欲しいと言いたいのだが、どうやらなかなかうまくいかないようで、会話は怪しげな方向に飛んでいきそうだった。女将はぴぴーっと笛を吹いて誰かを呼んだ。

「むむっ、何奴！　話はあちらのテーブルで聞こう」
「アッチガウンデスオマワリサン……」

　後ろでそんなことが起こっていても、明は黙々としらすを食べている。先程からだんだんスピードは落ちてきて、今は一匹ずつ食べだしているぐらいだ。
　おいしいしら～す♪
　男たちの歌声も、もはやいいアクセントである。明はふと、しらすの中に小さなカニが混じっていることに気付いた。となると、なんだか気になって気になって仕方がなく、他に違うものが混ざってはしないか確認し始めた。カニだけではなく、イカ、タコ、エビ……そんな小さいものたちを見つけては机の端に丁寧に並べる。

「スーパーのじゃ選別されてて、こうはいかないな……。海の近くに住んでて良かった」

　と独り言を言いながら、黙々と並べていった。
　しらす、しらす、しらす……♪
　男たちの歌声が小さくなっていく。しらすを味わって食べている客の姿を見たヴァイキングたちは、漸く満足したのか……さーっ……とその身体を薄くし、消えていっているのだが、明は気付かないままである。丁寧に並べたイカ、タコ、エビなどの混じり物をある程度並べたら食べ、並べたら食べとして、無表情に事を進めているようにも見える明だが、目はキラキラと輝いて、次は何を発掘するかとしらすの山に目を細めている。その中の一つにハッと目を見開き、早速箸で取り出した。箸で慎重に挟んだそれを、しっかり確認して明は頷く。間違いない。タツノオトシゴだ！　明はここでやっと満面の笑みを浮かべた。

「ふー……」

　そんなこんなでじっくり、じっくりとしらす丼を味わい尽くし、丼を空にした明はどこか疲れを見せているものの、その表情は満足げだ。店員がどんぶりを片付ける間、歌声がもう聞こえてこないことに気付いた。ふうっと一呼吸おいて、明は立ち上がり、そのまま勘定へ向かう――と思いきや、近くに居た店員を呼び留めた。

「次は生にしよ。あの〜、生しらす丼、下さい」

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