SIRASU｜リアクション

SIRASU

「……よろしくお願いしますね？」

　あやめが笑顔のまま言うと、ヴァイキングたちはすう……っとその場から、まるで煙のように消えてしまった。トワや他の客はちょうどその時、別の場所に目を向けていたのだが、あやめにはそれがはっきりとわかり、心の中で悔しい気持ちに襲われる。

「……そちらのお客様も」

　次にあやめがトワに笑顔を向ける。トワは平然とした調子で口を開いた。

「オットー、違うデス？　トワが食べる側デシタカー」

　そして、そそくさと今日の日替わり定食を指差す。『しらす丼定食』と書かれたそれをあやめは目で追い、さっとメモした。

「しかしてトワは―、生ではないものをショモウするマス！　とゆーことでチリメーンでお願いしマス」

　それからしばらくして、トワのまえに釜揚げしらすのたっぷりのったしらす丼が置かれた。トワはぽりぽりと、彼女のいうチリメーンを食べ進める。遠くでまた、あの屈強な男たちの歌声が聞こえた。そこでトワはやっと、あの歌っていた男たちが『おにざき』から消えていることに気付く。

「シカシテー……」

　トワはぽりぽり。食べながら、思う。

「シラスを食べたくなるといってもゲンカイはあると思うデス……」

　――シラスを食べてほしいナーラー、シラスを食べたい人に振る舞うといいと思うのデス！
　そう結論付けたトワは、『おにざき』を出て、悠々と街を歩く。先程のしらすソングを口ずさみながら。
　しらす、しらす、しらす……♪
　そうしていると、トワは猫がにゃあん、にゃああんと鳴いている店の軒先で、男の歌声がすることに気付いた。トワがそちらに視線を向けると、先程まで『おにざき』に居たはずの屈強な、ヴァイキングのような男たちが店の中を占拠し、歌っているのが見える。

「ヌヌ」

　その店はちょっとした駄菓子屋だったのだが、一緒になって歌っている子供たちに混じって、トワもその中に入っていく。そして、男たちのリーダーのような、一際大きいヴァイキングの腕をちょいちょいとつつき、こちらに顔を向けさせた。

「HEY！　オヤカタ！」

　無言で振り向き、じっと自分を見詰めている男に対し、トワは堂々と言い放つ。

「トワはーシラスをネコにあげるといいと思うマス！　ネコならセンチョーもネコも幸せ気分一杯になれると思うマス！」

　すると、奥からしらすをお皿いっぱい、山盛りにした駄菓子屋の店長が出てきた。外に居た猫たちがわっと店長の前に集まる。

「モノドモ―！　ネコにシラスを勧めるのデス！」

　トワがぴょんぴょん跳ねながら、店長の動向を見守っていた。店長はその皿を猫だまりの中心に置いて、しゃがんだまま猫たちの様子を見ている。猫はわあっとしらす皿に集まって、がつがつと山を崩していく。トワもこれにはにっこりと笑って、そのまま外に出た。

　上機嫌のまま帰路を急ぐトワだが、頭の中ではこんなことを考えていた。
　――シラスーはオイシイ、デスケドー……Dinnerがシラスでない事を祈るマス！

「はぁ……なんであんなにしらすに拘ったんだろう……」

　一方そのころ、営業を終えた『おにざき』の中で、あやめは独り言ちた。閑古鳥ながら、やっぱり仕事は忙しい。一日を終え、人心地ついた後の冷静な頭で考えてみると、今日一日自分を支配していたあの異様なしらすへの執着が我ながら奇妙なものに思われる。が、しかし。夕飯の献立を考えていると、何を挙げてもまずしらすといった具合で、しらす料理から離れることが出来ない。あやめは溜息を吐きながら、

「とりあえず今日の夕飯はしらす丼ね」

　こう呟くと、キッチンへと向かった。