SIRASU｜リアクション

SIRASU

◆生がお好き？

　しらす、しらす、しらす……♪
　屈強な男たちが歌う。この奇妙な店の中で、ヴェルト・レトランジェとメーベル・コルテージュは再度メニューを聞いた。何度聞いてもしらす丼の他、何もない。それを確認したメーベルはヴェルトの瞳を見た。エメラルドとアメジストがかちあう。

「しらす丼しかないとは……」
「これはまたシュールだね……」

　ヴェルトもその瞳を見つめてから、歌う男たちの犇めく店内を見た。メーベルもヴェルトの視線を追って、男たちを見る。彼らはとある折に読んだ本の中書かれていたヴァイキングの姿に似ている。メーベルは内容を思い出しながら彼らを観察するが、寝子島――こちら側の世界においては、彼らのような存在はもう見られないということも書いてあったような気がする。不思議に思って、メーベルは目の前の主人である少年に問うた。

「この男性方は一体何なのでしょうか？」
「さあ？」

　その問いに、ヴェルトは首を傾げる。そしてそのままメニューのことを考えながら口を開いた。そうこうしている間にも、腹はどんどん空いてくる。誰かの腹がぐうと鳴った。

「メニューにしらす丼しかない以上仕方がないね。それを頼もう」
「ええ……」

　メーベルは、自らの唇を手で覆い隠しながらこう続ける。

「お腹も空いたことでしょうし……先生がそれで宜しいのであれば、俺は構いません」

　彼の返答を聞き、ヴェルトは口角を上げて微笑んだ。そして、手を挙げて店員を呼ぶ。

「ご注文はお決まりでしょうか」

　すぐに女性店員が駆け寄ってきた。彼女はメーベルの容貌に見惚れながらメモをめくっている。ヴェルトはしらす丼、と言うが、

「生と釜揚げがございますが、どちらになさいますか」

　と言われて唸ることになった。

「二種類あるのかね？」
「ええ、生は今の時期ごろから解禁なんですよ」

　ふむ。ヴェルトは声を漏らしてから言う。

「今の時期しか食べられないのであれば、そっちにしよう」
「生一つで」
「ああ」

　そして、ヴェルトはメーベルの瞳を射抜くようにじっと見た。

「君も食べたまえ」

　メーベルは眉を顰めて困惑し、

「いえ、俺は……」

　と言うが、それにもかかわらず、折角だから食べてしまえといって勧めてくる主人の言葉、ソワソワしながら、メモを持って待っている店員。
　しらす、しらす、しらす……♪
　二人を睨みながら歌う男たち、そしてそれをけたたましい音を立てながら注意する女将、全てからただならぬ雰囲気を感じ取り――折れた。

「ええ、そうですね……。いただきましょうか」

　すると、ヴェルトは破顔して言う。

「君ならそう言うと思っていたよ」
「さて……どちらが良いでしょうか」

　メーベルの言葉に、店員がすかさず、

「生は独特な苦みがあるので、苦手なお客様もいらっしゃいます」

　と解説した。ヴェルトはそれを受けて、彼女の言葉に続けるように言った。

「どちらでも美味いと思うけれど……初めてなら釜揚げが良いだろう」
「ふむ……そちらなら、先生とも異なる品ですし、選択としてはよさそうですね」
「釜揚げ一つでよろしいですか？」
「ええ、お願いいたします」

　注文を聞き終えて去っていく店員の後姿を見ながら、ヴェルトは男たちの生態を観察していた。時代錯誤な服装と装備から見るに、星幽塔からやってきた旅人ではない。といって、寝子島の住人かと言われると、なんだか違うような気もする。卵とベーコンとソーセージとしらす。女将が在庫にあるであろう食材のリストを読み上げると、歌い出す。その様子は、

「……随分シュールじゃないかね？」
「……ええ、そうですね」

　そんなことを語り合いながら、この兄弟のような、はたまた父と子のような二人はしらす丼がやってくるのを待っていた。

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