SIRASU｜リアクション

SIRASU

◆のんきな客

　薄羽白露は、自宅のキッチンでせっせとおにぎり作りに励んでいた。こうした状況になっていることを説明するには、昼前に彼が遭遇した怪異について触れなければならない――。

　その日入っていた仕事がひと段落して、白露はゆったりとした心持ちで寝子島の街を歩いていた。時計を見ると、12時も近付いている。白露はそろそろ昼食を取る頃合いだと見て、ちょうど近くにあった店に入ろうと歩を進めると、店の中から野太い歌声が聞こえた。ハッとして辺りを見ると、街のいたるところで屈強な男が歌っている。白露はこの男たちと光景に興味を覚え、耳を傾けた。
　しらす、しらす、しらす……♪
　しらすをやたらと推すその声に、白露はうわべではいつもの笑顔のまま、内心では爆笑していた。ためしに隣のコンビニに入ってみると、しらすドーナツという新メニューに困惑する男性客の姿があった。なるほど結構、楽しそうな現場だ――。白露はそう思いながら、別の店――今度は定食屋だ――の窓をチラリと覗き見る。中には女性が、別のメニューはないのかと言っているような様があった。そうこうしていると白露は空腹を覚える。しかし下手に店の中へ入ってしまえば、自らもあの滑稽な集団の仲間入りだ――というわけで、自宅へ戻り、こうしてせっせとおにぎりを握ることになったのだ。しかし――白露は出来上がった塩むすびを見て思う。この中に突然しらすが現れたりしないだろうか？　同時にこうも思った。そんなことがあったら爆笑してしまいそうだ！
　白露はおにぎりを暫しの間見ていたが、しらすの増える気配もないのでそのまま包んだ。さてと。白露はつぶやき、また街へ出た。
　しらす、しらす、しらす……♪
　歌が聞こえる。白露はその歌声に引き寄せられるように、ふらりふらりと店を見る。

「う～、甘味甘味」

　学校帰りだろうか、小腹を空かせている彼の名前は水守流。ちょっとだけ普通と違うところのある高校生だ。今日の彼は甘味腹。さらにいえば、ドーナツの気分だ。吸い寄せられるように、彼は近くのコンビニへと入った。

「いらっしゃいませーぇ」

　気の抜けたような店員の声が、自動ドアが開くと同時に流の耳に届く。最近、コンビニはスイーツとしてドーナツを扱うようになってきた。それが流にとっては、嬉しい。レジ前に並ぶドーナツを見て、流はさてどのドーナツがいいかな？　などと考えているとすかさず店員が口を挟んだ。

「本日はしらすドーナツがおすすめです」
「え？　しらす？」

　流は目を点にしつつ、そのメニューの荒唐無稽さを受け入れてしまいそうになる。

「そっかー、しらすドーナツかー……」

　思わずこういったことを口走ってから、ビシィッと店員に対してツッコミを入れた。

「なんでやねん！」

　見事なノリツッコミを決めた流は、間髪入れずにツッコミを続ける。

「しらすとドーナツとかありえんだろ！　他にないのか！」
「と言われましても、本日はしらすフェアでしらすづくしとなってましてしらすの入っている品物をお買い上げいただかないことには在庫のしらすが」

　流のツッコミを受けても、店員は早口言葉か何かのように、舌が縺れそうな、さらに言えば何者かに強制的に言わされているような印象を覚えるくらいにしらす、しらすと言っている。すると、トイレから、外の自動ドアから、本の並ぶコーナーから、珈琲を淹れる機械の前から、飲み物の並ぶところから、スイーツコーナーから、ヴァイキングを彷彿とさせる外見をした屈強な男たちが現れた。
　しらす、しらす、しらす……♪
　彼らは流を囲い込んで歌う。

「おうっふ、なんだこのしらす祭りなマッチョメンたちは！？」

　この奇妙な光景に、流は思わず叫んだ。

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