気になる一日｜リアクション

気になる一日

平日の一日
　朝の七時、三折部朝衣はすっきりと目を覚ました。着替える前に窓から天気を窺う。南国の海のような空が広がっていた。
　すっきりとした青さに魅了されたのか。ブラッシングに力を入れた。顔には入念なメイクを施し、見合うスーツを選び出す。通常よりも時間を掛けた。
　軽い朝食を済ませると朝衣は愛用の自転車に跨る。勢いよくペダルを漕ぎ出した。全身に風を受ける。
「気持ちいいわ」
　表情を和らげて胸いっぱいに息を吸った。

　程なくして勤務先、寝子島役場に到着。職員用の駐輪場へと自転車を走らせて速やかに所定の位置に置いた。
　建物を前にして少し表情を引き締める。朝衣は関係者専用の出入口から中に入った。ずんずんと廊下を突き進む。歩きながらスマートフォンで時間を確認した。
「八時十八分ね」
　少し速度を緩める。斜め前の自動販売機に目がいく。迷うような素振りで立ち止まり、カフェ・オレを購入した。その場で開けると喉を鳴らして飲んだ。間もなく缶が垂直になった。その姿で軽く啜って近くのゴミ箱に入れた。
　再び歩き始める。職員に出会う度に朝の挨拶を交わした。
　総務課が見えてきた。朝衣は自然な笑みを心掛ける。入室と同時に目が素早く上司を捉えた。
「おはようございます」
　爽やかな挨拶を送る。デスクにいた上司は驚いたような表情を見せた。
「ああ、三折部君、おはよう」
　すぐに手元の書類に目を落とす。朝衣は笑みを維持したまま、自分の席に落ち着いた。
　机に置かれていたノートパソコンを開いて起動させる。待ち時間を利用して書類を読み込む。届いていたメールにも目を通した。
　熱意に満ちた表情が少し緩んだ。そこには多少の余裕が感じられた。徐に背筋を伸ばす。
　年配の女性と目が合った。その直後に逸らされた。用紙を胸に抱えてコピー機へと小走りで向かう。
　朝衣は微笑んだ状態で小首を傾げた。
「おはよう、今日も早いね」
　後ろからの同僚の声に朝衣は気軽に返した。
「そんなに早くないよ。そうだ、ＧＷって何か予定ある？」
「まだ決めてないけど、そのくらいにスイーツの新作が出るらしいよ」
　同僚は言いながら隣の自分の席に着いた。書類には目もくれず、スマートフォンを弄り始める。
「甘い物が好きよね」
「スイーツをおかずにして、スイーツが食べられるくらいには好きよ」
「ちゃんとごはんも食べようよ」
　朝衣は苦笑交じりに言った。
「スイーツがごはんなんだって」
　同僚は朝衣に顔を向けた。少し惚けたような顔となり、ぎこちない笑みを浮かべる。その反応はどこか上司と似ていた。
「どうかした？」
「んー、どうかな」
　同僚はスマートフォンの画面に目をやる。
「どうなのよ。その反応が気になるんだけど」
　その時、九時の業務時間を迎えた。各々が決められた仕事に従事する。朝衣も例外ではなかった。ノートパソコンに向かって通常の業務に当たる。
　慣れた仕事ではあった。一年間で相当に鍛えられた。しかし、今日は違った。キーの打ちミスが続出した。どこか焦った表情で目には落ち着きがない。
　――なんか、あたし、皆に注目されているのかな？
　通り掛かる人と視線が合う。偶然では片付けられない数の多さに著しく集中力を欠いた。
　朝衣は堪え切れずに立ち上がった。困ったような笑みで周囲に目を向ける。
「今日のあたし、どこかおかしなところがありましたでしょうか？」
　耳にした者は微妙な笑みを作った。言い出し難いのか。上司の方に視線が集まる。気付いた本人は咳払いをして書類に判子を押した。
　隣の同僚は呆れたような顔で言った。
「だって、スーツの下にウエットスーツって、おかしいよね」
「え、だって白いよ！？　シャツに見えるよね」
「見えないよ。サーフィンに行きたいの？」
「まあ、空が海みたいに青くて、勤務時間外に波に乗ろうかなって……」
　子供っぽい理由に場は和んだ。頃合いと見て上司が口を挟む。
「まずは今日の仕事を乗り切らないとな」
「波乗りだけに」
　朝衣は笑って席に座り直す。いつもの調子を取り戻して仕事をこなしていった。

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