気になる一日｜リアクション

気になる一日

　大きな月が上空に浮かんでいる。小さな星々は気ままに夜空に散らばった。静かでいながら、とても賑やかな見た目に桜月は優しく微笑む。
　今日も夜の散歩を楽しんでいた。鍔の広い真っ白な帽子は歩を進める度にゆったりと羽ばたく。純白のドレスは月光を受けて独特な光沢を帯びる。スカートの部分には波のようなフリルが品よくあしらわれていた。
　四月上旬、夜は少し冷える。白いショールをしっかりと首に巻き付けた。
　――昨晩の月も良かったが、今日の月も綺麗だ。いつも見ているはずなのに目にする度に印象が変わる。
　私の気持ちが変化したのだろうか。
　見つけた瀟洒なベンチにふわりと座る。メモ帳を手に取った。栞として挟んでいたシャープペンシルを抜き取る。
　開いたメモ帳には記憶の断片が書き込まれていた。個々の内容はノートに引き継がれ、幾つかは正式なデザインとして採用される。
『今日の月はほんのりと黄色い。ふっくらとした形はレモンのようだ』
『外壁を伝うツタバラを目にした。ツタの部分が幾何学模様に見える。洋服を彩るアクセサリーに代用できるかもしれない』
　文章のあとに簡単な模様が描かれていた。
『夜にテントウムシを見つけた。赤くて丸い体に黒い模様がついている。数えると七つ。ナナホシテントウとわかる。虫をデザインしたブローチやイヤリングが頭に浮かぶ』
　素案としてブローチとイヤリングが描かれていた。じっくりと読み込んだ月は改めて今日の夜空を見上げた。
　満月に近い。大きくて白い。目を凝らすと白の中に僅かな色が混じっている。限りなく薄い赤色であった。
　メモ帳の空いたところにシャープペンシルの先を当てる。考えが纏まらないのか。すぐには動き出さない。急に文字が書き込まれ、途中で止まる。考える間を空けて書き込んだ文字の上から取り消しを意味する線を引いた。
　――何かを掴んだと思ったのに。手を開くと、そこには何もなかった。感触だけが微かに残っている。
　そのような曖昧な物を、どうやって表現すればいいのだろう。
　シャープペンシルは余白を突いた。黒い点は星のように数を増やす。
　――今日の月は確かに綺麗で、何かが頭に過ったのは確かなのだが、はっきりとした形にならない。時間が過ぎる程にぼやけていく。
　消えないで欲しいと願い、伸ばす手は届かないのか。あの高みにある月を、憧れの目で見ていることしか、出来ないのか。
　夜空に向かって手を伸ばす。広げた指の合間から細切れになった月が見えた。
　瞬間、目を見開いた。膨大な量の情報が一気に頭の中に溢れる。
　――そうか、私は今の月を愛でながら、過去の月を思い出していたのか。数々の月が重なったことで輪郭がぼやけて、一つの形にならなかった。
　そういうことなのか。
　赤い瞳を閉じた。無数の月と向き合い、微笑みを浮かべる。
「……ストロベリームーン」
　初夏の頃の記憶が蘇る。空に苺のように赤い月が出ていた。
　――あれには驚いた。あそこまで赤い月を見たことはなかった。
　月は口角を上げた。控え目な笑みであった。
　――巨大な自分が小さな私を覗き込んでいる。あの時、どうしてそんなことを思ったのだろう。
　答えを求めるように上空の月を眺めた。
「今の私なら」
　メモ帳の頁を捲った。真っ新な部分に溢れる感情を書き連ねていく。素早く服のデザインを添える。新作が何着も並ぶ。
　――纏まりに欠けるかもしれないが、これが今の私の気持ちだ。
　メモ帳を閉じた。立ち上がろうとして、再び腰を下ろした。
　――今日だけの月を、もう少し眺めていてもいいだろう。
　月は柔らかい表情で夜空を眺めていた。

このページにイラストを設定する

あとがき

担当マスター：黒羽カラス
ファンレターはマスターページから！

気になる一日が大事に発展することなく終わりました。
すっきりしたＰＣさんがいれば、そうではないＰＣさんもいたと思います。
新たな問題に直面しているＰＣさんは……陰ながら応援しています（蜂の子、美味しいですよ）！
今回はＮＰＣの登場を考えていなかったので、ぼんやりとした出演になりました。
とか言いながら特定は簡単にできます。その程度のぼかし方です、はい。

小さな出来事ではありましたが、ＰＣさんの個性が色濃く反映されたリアクションになりました。
このようなささやかな日常に、時々には目を向けてみたいと思います。

最後になりました。参加いただいた皆さん、ありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします。

↑ページトップに戻る

気になる一日

あとがき

シナリオ

シナリオデータ

シナリオスケジュール

参加キャラクター一覧