終末救世主　～夜は幻、閑かに開くもの～｜リアクション

終末救世主　～夜は幻、閑かに開くもの～

　獣たちの中を掻い潜り乍ら細腕に力を込めて樹は弾丸を打ち出した。どこかで兄も戦っているだろう――共に前線して居られればいいのだけれど、とそう思いながら遥斗と共に殿を務めていた彼女はふと、見上げた儘の姿勢で止まる。
　それは前線に居た刀も同じタイミングであった。きょろりと、周囲を見回して『明らかにこちらを狙う何者かが居るのだと』彼は本能的に察知している。
　指導者となる立場の者がこちらを吐け狙い、そいつはある程度状況が分かる可能性がある。彼の腰元に近寄ってきたのはミューシャ。倫理子と共に屋敷に残ることを進めた修に頬を膨らまし「役に立つから連れて行って」と彼女は駄々を捏ねたのだ。
「ミューシャ、何処からか狙っているヤツの気配はあるか……？」
「ん、がんばってさがす」
　たどたどしくも呟く少女に「ああ」と刀は小さく頷いた。勿論、彼も警戒は怠らない。前進するさゆるにも情報として伝えた彼はゆっくりと己の刃を見下ろした。
　月明かりに照らされぎらりと光ったそれは彼の手に良く馴染むものだ。殿の遥斗からの信頼を無碍にはせぬと力を込めて彼は深く息を吐き出した。
　冷たい夜だと感じた。赤い雨が詔子の頬から垂れ血に濡れているかのようにも感じられる。打ち付ける強さが強まる中で刀は血色の雫を拭い、何処からか狙い来る相手を探す様に精神を集中させる。
「刀ちゃん」
　その集中を遮ったのは共に立っていたミューシャであった。
　詔子と共に在り、まほろばの傍らでじ、と息を殺していた少女は何故だか前線へと出たがった。修の腰元につき、「こわぁい」と遊んでいた小さな少女の顔は今は何処か大人びて感じられる。
「……どうした？」
「みんな、気付いてるけど、獣の様子がおかしいね」
「ああ――……明らかにこちらの様子を伺っている。恐らくは、野生動物の様に我武者羅に襲わせるだけでは倒せないと悟ったのだろう」
「そ、だね」
　雨の中、少女は異国の色をした瞳を細め「雨止まないね」と小さく呟いた。突然、話題が転換したのだ。不思議そうな顔をした刀にミューシャは小さく首を振った。
　由貴奈は『ミューシャちゃんは何かを隠してるみたいだよぉ』とこっそりと救世主たちに告げていた。その意味が何となく分かる気がした刀は神妙な表情を浮かべた。
「ミューシャ」
「……ミューシャは詔子とは違う人間なの」
　その言葉に刀は小さく息を飲んだ。彼女は外から来た？　外を調査しに行った面々からの情報はまだない。
　だが、この時点で外へと調査に言ったメンバーはミューシャが今から口にする事と同じ情報を確認したのだ。
　外には、何もなかった。瓢は何もないことを確認して「あれェ、おかしいなァ」と笑ったのだ。流浪の民とは何処から来たのか、そしてある一点に辿り着く――ミューシャは自分たちと同じなのではないかと。
　それはこの場の誰もが気付いていたことだろう。
　詔子はこの世界の人間で、流浪の民と呼ばれたミューシャはこの世界に辿り着いた人間だ。救世主と呼ばれた彼らと同じように。
「どうして、今――」
「この世界の名前知ってる？」
「――終末」
　修は言う。
　彼女が外から来たのでは無ければ――
　詔子と違う生き物なのだというのならば――この世界は終末という名の通り終わってしまうかのようで。
「まだ、救う手立てはあるだろう？」
　修の言葉にミューシャは「みんな次第なんだよ」と小さく呟く。
　詔子は「ミューシャ様」と彼女を呼んだ。辞めて、言わないで、救世主様たちに『救ってもらわなくてはならないの』と彼女は慟哭する。
　ああ、けれど、この世界を救うために尽力すると決めていた救世主たちに神託の少女は困った様に笑うのだった。
「ミューシャは何の力もない救世主。だから、みんなに頼ったんだ」
　話は後だ、とミューシャの肩を押して刀は迫りくる獣たちへと刃を振り下ろした。