小人さんがゴーゴー｜リアクション

小人さんがゴーゴー

「……絵の具が足りないわ」
　その一言が出掛ける切っ掛けとなった。
　三宅葉月は黒いゴシック服に身を包んだ。銀の薔薇の指輪を嵌めた。短剣を模した銀のイヤリングを片方の耳に取り付ける。ネックレスも銀で胸元に十字架が輝く。手にした白いトートバッグにはスケッチブックと七十二色の色鉛筆を収めた。肩に掛けると軽やかに自室を出た。
　葉月は星ヶ丘寮を後にした。緩くウェーヴのかかった長い髪を靡かせて颯爽と歩く。どこか表情が柔らかい。
　街の音に異音が混ざる。葉月は立ち止まり、顔を上げた。青いカンバスに白い飛行機雲が描かれてゆく。トートバッグからスケッチブックを取り出す。目に付いた瀟洒な街路灯に寄り添うように立ち、色鉛筆で空の一部を手早く切り取った。
「……街らしさが欲しいわね」
　若干のデフォルメを加える。店舗や電柱を周囲に書き込み、丸い空を表現した。完成した絵を眺めていると横手から声が聞こえてきた。
「うーん、あのネタをベースに話を広げたいんだけど、似たような作品があったような気もするし……」
　黒のパンツスーツ姿の工藤来夢が独り、腕を組んだ姿で歩いてくる。
「ま、アレンジでオリジナルの雰囲気を出せばいいんだけどね……うん、いいわね。そう、その展開が熱いんじゃない！　さすが、あたし！」
「派手な独り言ね」
　来夢の横顔に柔らかい表情で言った。当人は葉月の存在にまるで気付いていない。が、突然の風に吹かれ、顔を横に向けた瞬間、目が合った。
　来夢は手帳を取り出して葉月に詰め寄る。
「ゴシック少女が街中で写生！　絵になるし、不思議要素が満載で良い感じよね！　で、実際のところは何してたのかな？　悪いようにはしないわ、あたしに教えなさい」
「飛行機雲が綺麗だから」
　来夢は空を見た。ぼんやりとした輪郭の線が浮かんでいる。透かさず開いていたスケッチブックを覗き込む。
「これは中々。色鉛筆とは思えない筆致で描かれているわね。構図も面白いわ。独創的で絵としても悪くないわ」
「そう、ありがとう」
　微笑む葉月に来夢はがっかりしたように言った。
「もう少し喜んでよ。このあたし、工藤来夢が褒めたんだから」
「工藤さん、ありがとう」
「いやいや、その反応はおかしいわ。ニャンプで連載やってる、あの来夢なのよ！？」
　葉月は微笑んだ姿で少し首を傾けた。来夢は胸ポケットに挿していたサインペンを手に取った。
「ちょっとスケッチブックを貸して！」
「何か描きたいのなら、ここにしてね」
　真っ新な部分を前にして渡された。慣れた様子でサインを書き込む。空白に目がいく。
「書けたのかしら」
「まだ、まだよ！」
　空白にキャラクターを描く。一人では足りず、全ての空白を埋めるようにして人数を増やしていった。
「どう、これならわかるよね。ニャンプに連載している主要なキャラクターを描き込んだんだから」
「表情が活き活きとしているわ。動きも合って良いと思うわ」
「これがプロの実力よね」
「この絵とサイン、大事にするわ」
　スケッチブックを閉じてトートバッグに収める。
「ありがとう、クルムさん」
　葉月が歩き出そうとした瞬間、来夢が引き留めるように手を掴んだ。
「来る夢と書いてライムって読むんだけど」
「そう、またね、ライムさん」
「いやいやいや、本当にあたしのことを知らないのね。サインやキャラクターまで描いたのに」
　葉月は微笑んだ。来夢は真剣な表情が保てなくなり、笑顔で噴き出した。散々、笑って目尻の涙を拭った。
「そのキャラで、そのボケはないわー。反則すぎて腹が痛いって。おかげで良いキャラが浮かんだわ。ありがとうね」
「こちらこそ、クルムさん」
「プッ、だ、だから、ライムだって。や、やめてよ」
　ぶり返しそうな笑いを堪えて来夢は言った。