小人さんがゴーゴー｜リアクション

小人さんがゴーゴー

　佐藤瀬莉は弾む足取りで星ヶ丘の家を後にした。黒いリボンで結んだツインテールが陽気に踊る。気品のある白のブラウスに艶やかな黒いジャンパースカートがよく合っていた。
「今日はちょっと暑いんだね」
　歩きながら視線を上げる。水彩画のような薄青い空がどこまでも広がっていた。
「こんなにいい天気なのに、どうしてなの？」
　急に足取りが重くなった。明るい表情が俄かに陰る。俯くと肩紐に結ばれた懐中時計が目に入った。
　――旧市街に時計のパーツを買いに行こうと思ったんだけど……どうしてこんなに暗い感じになるのかな。空はあんなに明るくて、あたしだって元気に出掛けたのに、なんでだろう。
　胸の中を探しても答えは見つからなかった。もやもやした気分を抱えて歩を進めた。
　ふと立ち止まって来た道を振り返る。悩むような表情が垣間見えた。
「でも、時計は好きだし……」
　唇をきつく結んだ。陰気を振り払う勢いで歩いた。周りの人々を追い抜いて白い星ヶ丘駅へと突っ込んでいく。
　瀬莉は財布を手にした。中を開いた瞬間、足は止まってしまった。
「Necocaがない！」
　いつも入れているところを指で広げた。ＩＣカードのNecocaだけが入っていなかった。紙幣と小銭はあるので電車賃に困ることはない。
　――これって虫の知らせみたいなものなのかも。このまま、旧市街に行ったりすると、大変なことに巻き込まれるんじゃないのかなぁ。
　財布の中を真剣な目で見詰めている。溜息が漏れた。物悲しさが表情に滲み出た。
「……もう、いいよ」
　瀬莉は改札に背を向けた。沈んだ様子で階段を下りる。
「どうしたの？」
　雨寺凛が頭をやや傾けた姿で声を掛けてきた。瀬莉は無理に笑ったような顔を作った。
「電車に乗ろうと思ったんだけど、Necocaが無くて……」
「どこかで落としたのなら、一緒に探してあげるよ！」
　笑顔の凛に瀬莉は力なく頭を振った。
「家に置いてきたと思うの。だから、今から帰るところ……」
「顔が暗いよ。私がピース一つで笑顔になれる方法を教えてあげるね！」
「それも無理かな。だって今のあたし、そんな気分じゃないし」
「本当かな。絶対に笑顔になれるんだけど、試してみたくない？」
　勿体ぶった言い方で凛は朗らかに笑った。人を引き付けるような笑顔に瀬莉は、教えて、と小さな声で言った。
「もちろん、いいよ。最初に手でピースサイン、こんな感じで」
「こう、かな」
　瀬莉は人差し指と中指を立ててＶの字を作った。凛は頷いて話を進める。
「その状態で自分に向けて口の両端に指を引っ付ける。ここまではいいかな」
「やったよ」
「引っ付けたままで上に押し上げると、ほら、笑顔になったよね！」
　凛の口角は二本の指で押し上げられて確かに笑顔になっていた。瀬莉は苦笑に近い顔で、えー、と間延びした声を出す。
「それってどうなの？」
「笑顔になれる方法は嘘じゃなかったよね！　ほら、試してみてよ！」
　言われた通り、口角を指で押し上げてみた。凛はスマートフォンを取り出し、画面を鏡にして瀬莉に向けた。
「笑顔になると、少し気分も明るくなったような気がするよね」
「……うん、それはそうかも」
「暗い気分は笑顔で解決だね！」
「あの、お姉ちゃん、ありがとう」
　凛は満足した様子で颯爽と歩き出す。残された瀬莉はもう一度、指で口角を押し上げた。
「笑顔だもん」
　明るく言って家とは別の方向に歩いていった。