４月の☆ハッピーバースデー｜リアクション

４月の☆ハッピーバースデー

●４月２０日　―朝鳥さゆるのBirthday―

　人が日常を生きるために、必要なものは何か？
　それは『明日』だ。『未来』と言い替えてもいい。

　お金が欲しい。美味しいものが食べたい。好きな相手に振り向いてほしい。
　明日は今日よりも良い日がやってくる。
　そう信じられるからこそ、人間は凡庸な日々を生きていける。

　古今東西、『未来』に求めるものの対象は大差ない。
　資産、知性、美しさ――。
　朝鳥さゆるは、その全てを持っていた。
　その代わりに、『未来』を持っていなかった。

「藍人……」
　４月２０日、深夜。
　殺風景なワンルームマンションで、さゆるは男の名前を呟いた。
　この世界でただ一人、さゆるに『未来』を与えた男。
　クリスマスの夜に姿を消したきり、行方も生死も分からない。

「今日であたし、１７歳になったよ……ねえ……あなた、いま……どこにいるの？」
　鍵についた銀のロザリオに、さゆるはそっと語り掛ける。
　３年前の誕生日に、彼が部屋の鍵と一緒にくれたプレゼントだ。

　高校に入り、友達を作り、勉学に励み、恋をする。
　そんな得べかりし青春の日々を、さゆるは藍人のためだけに費やした。
　所在も生死も分からない、闇の世界に生きる、そんな彼のためだけに。

　爛れた生活も、費やした金も、移ろうような不確かな日々も、さゆるにはどうということもない。
　今のさゆるには、生きるために必要なものがあるのだから。
　そのためなら、何を犠牲にしようと後悔はない。

　さゆるはベッドの上で小さく身震いすると、横に転がった。
　かつて藍人と共にした床は、今ではさゆる一人だけだ。
　ここに身を重ねれば、彼の温もりが少しでも感じられるかもしれない。
　そんな期待をかすかに抱いて、さゆるは身を震わせた。

　ふとさゆるは夢想する。
　いま家のドアが開いて、彼が誕生日のプレゼントを持ってきたら。
　もうどこにも行かない、ずっとお前の傍にいると言ってくれたら。

　それでもきっと、彼はすぐに姿を消すだろう。
　でも、それでいい。
　そしたらまた、さゆるはいつまでも待ち続ける。
　彼が戻ってくる、その『未来』を――。

　明かりの消えた、暗い部屋。
　太陽は当分、昇りそうになかった。