それぞれの回想｜リアクション

それぞれの回想

　全ての音が大きく聞こえる深夜。朝鳥さゆるは自室のベッドで寝返りを打った拍子に目を覚ました。茶色の目は薄闇の中を惑う。耳が雨音を聞いた。
　さゆるは全裸でベッドから下りて窓辺に立つ。
　世界のあらゆるものを洗い流すような雨が降っていた。
「それは嘘。あの時の雨は、まだ、あたしの中に……」
　自身の剥き出しの肩を抱いた。鉤爪の形の指を肌に食い込ませる。一年前の痛みを思い出そうとしているかのように指に力を込めた。

　十一月の夜の街に冷たい雨が降っていた。中学三年生のさゆるは傘を差して歩いていた。その行動を見咎める者はいない。大人の容姿に、どこか人生を達観したような雰囲気が人を寄せ付けないでいた。
　二年前に飛行機事故で両親を亡くしてから自堕落な生活が始まった。自身の心にナイフを振るって傷つける。そのような自傷行為に等しい日々を過ごしていた。
　小さな公園が見えてきた。さゆるは中に入ると街路灯の下で足を止めた。茶色のダッフルコートの肩が雨で濡れても気にしない。夜に浸食された遊具をぼんやりと眺めている。
　そこに片篠藍人（かたしの・あいと）が現れた。ジャケットのポケットに両手を突っ込んだ姿で雨に打たれていた。張り付いた前髪の奥に飢えた狼のような眼が覗いている。何も言わずに踵を返して歩き出す。さゆるは黙って付いていった。
　半年の間、二人で歩いた道を無言でなぞる。さゆるは藍人の背中に目を向けた。雨に濡れているせいなのか。とても小さく見える。
　ワンルームマンションに着いた。藍人は一つの扉を開けた。獣の巣穴のような暗がりにさゆるは自らの足で踏み込んだ。
　扉が閉まった瞬間、さゆるは傘を落とした。藍人に両方の手首を掴まれ、扉に縫い付けられた状態で荒々しく唇を奪われた。
　二匹の獣が互いを貪り食う。邪魔な衣服を脱ぎ散らかして抱き合った。両者は蛇と化して全身で相手に絡み付く。静かな雨音に思い出したかのような呼吸が挟まる。
　縺れた状態で二人は奥へと入り、ベッドに倒れ込んだ。
　さゆるの上に藍人が覆い被さる。躊躇なく首筋に歯を立てて荒々しい動きで攻め立てた。力の奔流に晒されたさゆるの顔が激しく振られる。ベッドのスプリングが断続的に軋んで苦鳴を漏らす。
　さゆるは藍人を強く抱き締めた。ざらついた背中に爪を立てて薄い皮膚を破る。反撃とばかりに耳朶を噛まれた。耳の穴に舌先が捻じ込まれ、微かに脳が震える。
　ベッドの上の二人は狂暴な愛に塗れた。互いに歯を立て、爪で皮膚を裂き、相手に自分の存在を刻み付けた。
　想いは果てることを知らない。獰猛な息を吐いて肉食獣の如く、相手の全てを喰らい尽くそうとする。二人の獣は傷つけ合って愛を深めていった。
　獣の巣穴に光が射し込む。ベッドで俯せになっていたさゆるは隣を手で探って瞼を開けた。怠そうに上体を起こして辺りを見やる。
　藍人の姿はなかった。殺風景な部屋にさゆるだけが取り残された。
「また、あたしだけ……」
　突然の終わりにベッドの上で項垂れた。

　さゆるは肩から手を離す。血の滲んだ部分を横目で見た。記憶の傷と重なる。しかし、力なく頭は振られ、否定した。
「あなたの痛みを、あたしに教えて」
　降りしきる雨を、さゆるはしばらく眺めていた。

このページにイラストを設定する

あとがき

担当マスター：黒羽カラス
ファンレターはマスターページから！

今回のシナリオは一部で「それぞれの限界」というような内容になりました。
らっ倫の限界に程々で挑戦しました。その結果は皆様の目で確かめてください。

執筆は自分との戦いでもありました。「過激、妖艶、殺伐」を主軸に書き進めていきます。
すると脳内会議が開催されて「生々しい、見えている、それがいい」と紛糾しました。
意見を頭の中で纏めて、どうにか完成に漕ぎ着けました。

今後もギリギリ路線とキワモノと程々の艶話に日常を挟み込んで頑張ります。
最後になりましたが、参加していただき、ありがとうございました。

↑ページトップに戻る