４月の☆ハッピーバースデー｜リアクション

４月の☆ハッピーバースデー

●４月２０日　―真境名アリサのBirthday―

　真境名アリサは店内の照明をつけ、ひとり開店の準備を始めた。
　接客スペースを清掃し、引継ぎ事項に目を通し、備品の在庫を確認し……
　始業時刻の前に、すべての支度を滞りなく終えなければいけない。
　なぜなら彼女は、水着ガールズバー『ジュエル』の副店長なのだから。

　カジマーイという言葉を御存じだろうか。
　アリサの故郷沖縄で、『風回り』を意味する方言。
　移り変わりの激しい季節風のことだ。

　アリサは思う。
　人生はカジマーイ次第。未来なんて誰にも分からない、と。

　沖縄から上京して、さんざんに辛酸をなめたのが３年前。
　紆余曲折を経て、ジュエルで働き始めたのが２年前。
　そして、店長から昇進を持ちかけられたのは、先月のことだ。
　若さが必須の現場仕事だけに、長くは続くまいと思っていた矢先だった。

　多少の迷いはあったものの、アリサはこの申し出を受けた。
　それからは、部下が出来て、給与が増え、責任も増えた。
　人間関係も良好で、充実した日々を送っている――はず、だったのだが。

　アリサは最近、仕事で悩みを抱えている。
　店長や店員の態度が妙によそよそしいのだ。
　休憩時間などでくつろいでいても、妙に気を遣って接してくる店員たち。
　皆の会話に加わろうとしても、何故かやんわりとお茶を濁されてしまう。

　理由は分からなかった。
　アリサなりに最近を振り返っても、思い当たる節は全くない。
　いきなり味わう疎外感に、アリサは寂しさを募らせた。
（もしかしたら、ここも長くはいられないかも――）
　そんな嫌な想像さえ、時たまアリサの脳裏をよぎる。

（まあ、いいわ。少しなら貯蓄もあるし）
　アリサは小さくため息をついた。
　この職場にいられなくなったら、また流浪の日々に戻るだけだ。
　それだけのことだ。

　数日後。
「副店長、ちょっといいですか？」
　業務を終えて店の片づけをしていると、店のスタッフがアリサを呼び止めた。
　可愛くて気働きがきく子で、目をかけている新人だ。
「いいわよ、どうしたの？」
「大事な話があるんです。ちょっと来てください」
　スタッフは半ば強引に、アリサをぐいぐいと引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと。何よいきなり」
「いいからいいから！　早く！」
　訳の分からないままホールに連れ出されると、そこには店のスタッフが揃っていた。
「店長、連れてきました！」
「ありがとう。……緊張するね、こういうのは」
　店長はひとつ咳ばらいをして、言った。

「真境名さん、誕生日おめでとう！」
　店長が指を鳴らすと、アリサの誕生日を祝う垂れ幕が、バッと降ろされた。
「アリサ、おめでとー！」
「副店長、おめでとうございます！」
　口々にアリサへ祝福を述べる店員たち。
　その中には、非番や退職したスタッフの姿もあった。

　アリサはぽかんとした表情でそれを眺めている。
「今日、あたしの誕生日だったんだ……忘れてた……」
　冗談ではなく、本気で忘れていた。
　スタッフの態度がよそよそしかったのは、そういうことだったのか。

「ふふふ。なーんだ。店長もみんなも、本当にもう……」
　沢山の感情が、波のように押し寄せてくる。
　皆の心遣いが嬉しくて、悩んでいた自分がちっぽけに思えて、感激の涙が恥ずかしくて――
　アリサは腹を抱えて笑った。こんなに心の底から笑ったのは何年ぶりだろう。

「ありがとう。あたし、踊ります！」
　アリサはステージに躍り出て、ダンス用のポールを掴んだ。
　この喜びを、この場の皆と分かち合いたい。

　スタッフの喝采が、風に身を任せて踊るアリサを優しく包み込む。
　アリサは今、とても幸せだ。