欠けた世界と欠けたココロ｜リアクション

欠けた世界と欠けたココロ

　　　５

「ひーっ、ふーっ、へーっ……お、おい、まだ着かないのか？」
「泣き言？」
「じゃなくて！　見れば分かるだろ！？」
　雅樹は莉鳥と、背中の巧を交互に睨んだ。
　翡翠の手から逃れた一行であったが、直後に転んだ巧が硬直してしまった。解けるのを待つわけにもいかず、もちろん置いていくわけにもいかず、雅樹が背負うことになったのだった。
「ったく、こいつ、引き籠りだったくせに何でこんな重いんだ！？」
「【缶詰】のせいかしら」
「かしら、じゃないだろ……」
　雅樹がぼやいたとき、枯れた草の間からコロボックルが顔を出した。
「わ！　な、何だ！？」
　思わず巧を落としてしまったが、ぴくりともしない。これも攻撃と判断し、再び【缶詰】が発動したのかもしれなかった。
「何だこいつら！？」
　亮と武道は、咄嗟に巧たちを庇うよう立った。
　コロボックルたちは、わらわらと出てきた。無害そうに見えるが、囲まれるとさすがに脅威を感じる。
「どうした？」
　コロボックルの後ろから、ピンクに近い紫の髪をした少女が現れた。
「リリー……？　いえ、違うわね」
　よく似た雰囲気の少女に、莉鳥は眉を寄せた。
「やあやあ、こんちわっ。俺たち怪しそうに見えるけど怪しくないから！　君もしかして、リリーとか知らない？」
　持ち前の明るさで武道が尋ねる。
「リリーの知り合いか？　もしや、遥斗の仲間か？」
「優木遥斗を知ってるのか？」
　亮がホッと息をついた。どうやら、遥斗は反対側にいたらしい。少女――シスルは、遥斗から仲間たちもこの世界にいるようだと聞いていたのだ。
「助けてくれる？　私たち、翡翠たちのところから逃げてきたの」
　詳しい事情は省いて、莉鳥はまず保護を願った。
「何と！　よく逃げられたな！」
　翡翠の手から逃れたことに、シスルは感嘆した。正直言えば彼女は、遥斗の仲間の能力を疑っていたのだ。だが、これで戦える――戦闘力に乏しい彼女らがそう考えたとしても、仕方ないことだろう。
　かくて巧たちはリリーとシスルの陣営に迎え入れられた。――問題は、巧の毒が回るまでどれだけの時間があるか、ということだった。

　瑪瑙（めのう）が襲われてから、八神修は犯人の雲母を監視していた。光や柘榴が精力的――破壊活動をそう呼ぶのであれば――に動くのに対し、瑪瑙は自室で一人籠っていた。何をしているかは分からない。
　だがやがて、ふらりと出てくると、瑪瑙は建物の入り口に陣取った。そして振り返ると、おもむろに手を上げた。
　雷撃が修に降り注ぐ。
「なっ……！？」
　予め【分解】した壁を浮かせておいたため、雷はそこにぶつかり、修にダメージはない。だがこれは、雲母の能力ではない。瑪瑙だ。
「そうか――あの玉は」
　修と美咲紀は、雲母が飲み込んだ玉を、彼らの命――本体と考えた。
　ある意味、それは正しい。
　ただし、命ではなく、能力の源であったようだ。
　そうすると、雷撃だけでなく、藍玉の能力も持ち合わせている可能性がある。
　修は能力を解除し、浮かせておいた破片を雲母目掛けて落とした。雲母はそれを、風で防ぐ。
「やっぱりな！」
　雷撃と風。二つの能力を持っているということは、間違いなく藍玉も雲母が取り込んだのだろう。
　そしてこの力がある以上、遠距離からの攻撃は修に不利だ。
　修は距離を縮め、雲母の肩を掴んだ。そのまま膝を、鳩尾に叩き込む。
　ずしん、という衝撃と共に雲母の体が二つに折れた。もう一発、と思った瞬間、修は肘に違和感を覚えた。――否、感覚がない。動かない。
「邪魔……スルナ……」
　喋れたのか、と驚く暇もない。
　どす黒い痣が、徐々に手首へ、肩へと広がっていく。おぞましさに、修は悲鳴を上げそうになった。
「俺、ハ、完全体ニ……ナル……」
　雲母は、その隙に消えていた。