土掘り妖精の宝物～或いは、貴方の為の埋蔵品～｜リアクション

土掘り妖精の宝物～或いは、貴方の為の埋蔵品～

　本条小萩には、寮で耳にした噂をどうしても実践してみたい理由があった。
　岩手銘菓とミルフィーユを供える準備をしながら、小萩は首を傾ける。
「ふむー、本当に『あの絵』をもう一度見られるのでしょうか……？」
　小萩が掘り出したい思い出の品は、１枚の絵だ。
　小萩の先祖たる本条平九郎が描いた、妻の本条アンヌ＝マリーの肖像画である。
　本条平九郎は、明治時代を生きた人間だ。
　絵の勉強のため渡仏し、現地の令嬢と恋に落ち、当時としては珍しい国際結婚をした人。
　彼が愛を注いだ相手こそが、金髪碧眼のアンヌ＝マリー・ド・リーヴルだったのだ。
　その後、地元の旧家である本条家を継ぐため絵の道は諦めた平九郎だったが、
（趣味で絵筆を執る事までは止めなかったんですよね）
　小萩が２人に詳しいのは、「小萩のご先祖様ですごい人がいないはずがない！」と考えたことに由来する。
　色々と調べてみた結果、『一番すごい人』と小萩が判じたのが２人だったのだ。
　小萩は、中学生の時分に、アンヌ＝マリーの肖像画を実際に目にした。
（あの絵の持つ『思いを伝える力』に、小萩は惹かれたのです）
　その肖像画に、心を強く揺さぶられたことを小萩はよくよく覚えている。
　小萩はその肖像画との出会いを切欠に、絵の勉強を始め、寝子高の芸術科に入学した。
　小萩にとっての運命の絵、それがアンヌ＝マリーの肖像画だったのだ。しかし。
（あの絵は、永遠に失われてしまいました……）
　平九郎が愛を込めてアンヌ＝マリーを描いた１枚は、もうこの世のどこを探してもない。
　本条家から地元の美術館に貸し出した際に、火事に巻き込まれて焼失したのだ。
「絵が失われた時は、大泣きしましたっけ……」
　その時の痛みにまた胸を抉られた気がして、小萩は青の双眸をきゅっと瞑った。
　アンヌ＝マリーから隔世遺伝で受け継いだ、海の色に煌めく双眸を。
　細く息を吐いて、目を開ける。
　見上げれば、どこまでも深く夜の色に染まった空が広がっていた。
　浮かぶ月に、小萩は思い出す。
　以前不思議な空間で出会ったアンヌ＝マリーの艶やかな金糸の髪。
　その美しい金色が脳裏に揺れて――小萩は、口元を引き結んだ。

「アンヌ＝マリーさん、もう一度、あなたに……」
　岩手銘菓とミルフィーユを、土の傍に供える。
　そうして小萩は、噂に聞いたお願いの言葉を唱えた。
「妖精さん、妖精さん、宝物をお返しください――」
　さく、さく、と小萩は土を掘っていく。
　祈るような願うような、そんな思いを胸に。やがて。
「あ……」
　小萩の指先に、触れる物があった。
　そこに覗いた色を見て、小萩はふっと息を飲む。
　今はまだ一部分しか見えなくても、間違えようがなかった。
（あの絵……あの絵です……）
　土を掘る手に、より一層力がこもる。
　小萩は懸命に、しかし丁重な手つきで、土の中からあの絵を掘り出した。
　――ああ、あの絵だ。
　目の前に、永遠に失われたはずの肖像画がある。確かに存在している。
　肖像画の額縁を、そっと撫でる小萩。
　再会を果たすこと叶った肖像画は、小萩に、思いを伝える絵の力を改めて感じさせた。
「この絵からは、平九郎さんがアンヌ＝マリーさんを愛しく思う気持ちが伝わってきます」
　言葉だけが思いを伝えるものではない。
　そのことを、その絵はその存在を以って教えてくれた。
「小萩は今、絵と言葉を組み合わせたまんがを描いてます」
　かそけき月の光の下で、アンヌ＝マリーは幸せそうに微笑んでいる。