【星幽塔】そしてまた『日常』へ｜リアクション

【星幽塔】そしてまた『日常』へ

【第一階層(6)】十二干団活動日誌(1)

　その日、サジタリオ城下町のどこかにある、とある大屋敷に一人のほしびとが忍び込もうとしていた。
　スハイル・アルムーリフ。
（やはりこれだけの屋敷ですと、見張りや警備の人間の一人や二人はいるものですね。まあ、想定の範囲内ですが）
　屋敷の出入り口にあたる巨大な門扉の前で仁王立ちしている犬の獣人を遠目に見ながら、スハイル・アルムーリフは胸中で呟く。
　忍布をまとい、猿の獣人ならではの軽い身のこなしで、スハイルは悠々と屋敷の中へ侵入していく。
（さて、私の役目は屋敷のおおまかな配置を調べることですが）
　頭の中で、自分の役目を確認しつつ、スハイルはスルリと屋敷を探索し、その見取り図をメモしていく。
（せめて親玉の部屋の場所ぐらいは確認したいところですが……おや、あそこが怪しいですね）
　スハイルが目をつけたのは屋敷の最奥にある巨大な鍵つきの扉の奥にある巨大な部屋だった。
　鍵穴が複数ある厳重な扉の上に、武器を持たせた番人まで前に立たせている。
　スハイルは忍布を被ったまま、その扉から曲がり角を一つ曲がったところで一つ深呼吸をすると、コンコンコンとわざとらしく廊下の壁を叩いた。
「ん？　何の音だ？」
　見張りの獣人が曲がり角を曲がって、スハイルが壁を叩いたところまでやってくる。
　その隣を音もなくすり抜けて、スハイルは目的の部屋の扉に張りつく。
「……？　気のせいか……」
　獣人の足音がまた曲がり角からこちらに引き返してくる。
　すでにスハイルは鍵を開けて、身を滑り込ませ、また扉を閉めていた。
「うーん。幻聴を聞くなんて、一度医者行った方がいいのかなぁ……」
　すっかり元通りになった部屋の扉の向こう側で、見張りの呑気な声が聞こえる。
（やれやれ。あきれるほど簡単なお仕事ですね）
　くすり、と一つ笑みをこぼして、それからスハイルはやたらと豪華な装飾品が並ぶ、その部屋のお宝の物色を開始した。
　もちろんこの場で持ち帰るような真似はしない。
　スハイル一人では持ち運べる量に限界があるし、たった一人では何か予測不可能な事態に直面したときに対応できないからだ。
（……どうやら形見のペンダントとやらはここにはないようですね）
　とはいえ、これで下調べは充分だ。
　スハイルはメモをポケットにしまうと、外からカギをかけられるように細工した窓から悠々と抜けだして、何ごともなかったかのように屋敷を後にした。