【星幽塔】そしてまた『日常』へ｜リアクション

【星幽塔】そしてまた『日常』へ

【第一階層(1)】平和を祈る歌(1)

　その晩は星の綺麗な夜だった。
　夢宮瑠奈は、そんな夜に、何かに引き寄せられるようにして、塔の第一階層にやってきていた。
「こんな綺麗な星空が、ついこの間までは、悪い影のせいで見えなくされていたのね……」
　満天の星空を見上げながら、瑠奈はついさっき見知らぬ人が教えてくれたこの塔のてっぺんに火を灯した者達の物語の内容を思い出す。
　彼らのおかげで『塔』の階層間での人々の行き来が自由となり、これまではそれぞれの階層でしか使えなかった階層固有の通貨も全ての階層で使えるようになったという。近々、全階層共通の通貨が発行されるという話もある。さながら一つの国の独立を勝ち取った英雄の冒険譚のような物語だった。
（ここの人達が言っていた『異世界の島から来た冒険者』っていうのは、きっと寝子島の人達のことだよね？）
　これが初星幽塔である瑠奈であったが、まだ右も左もわからぬなりに、おおよその状況を把握し、ひとまずそんな冒険者達が集うという酒場――アストラルに向かって歩くことにした。
「ここ、かな？」
　店内の、騒がしくも楽しい雰囲気に誘われるようにして、瑠奈がＢＡＲの扉をくぐる。
「あら、いらっしゃ～い。空いてるお席にどうぞ～」
　最初に瑠奈を出迎えたのは平和になったアストラルでバイトを始めた恵御納理沙だった。
　すでに３６歳を数える理沙だが、そのウエイトレス姿は大変に若々しい。
「こちらにどうぞなの～。オススメは生中とか生中とか生中なの～」
　と、生中を全力で推してくるのは、同じくバイトのステラ・ラ・トルレだった。理沙とステラは、並ぶと、さながら姉妹のようにも見える。
「えっと、お酒はちょっと……。あ、じゃあ、ミルク、もらえますか？」
「わかったなの！　マスター、生中いっちょなのー！」
「え？」
　ステラは何もわかっておらず、瑠奈は目を瞬かせた。もしかすると、この子『も』、あの子と同じタイプなのだろうか、と瑠奈はどこぞの神様のことを思い出した。
「はいはい。ステラちゃん、これをあっちのお客様にお持ちしてねー。マスター、ミルク一つ、オーダー入りましたー」
　理沙が、テキパキと指示を与えると、「はいなの！」とステラは元気良くそちらに走っていた。思いきりこけて、客に生中をぶちまけていたが、瑠奈は見なかったことにした。
（なんだか建物だけじゃなくて、人もファンタジーで、ちょっと緊張しちゃうな）
　運ばれたミルクを口にしながら、そんなことを考えていた瑠奈は、そこではたと自分が（この世界の）お金を持っていないことに気づいた。
「え？　お金を持ってない。う～ん、それは困ったわねぇ。マスター、どうします？」
　理沙が問うと、マスターは今回はいらないと言ってくれたが、それでは瑠奈の気が済まない。

「あの、でしたら、私を、ここでお代分働かせてください。私に、刹那の歌姫をやらせてください」

　いきなりの申し出に、マスターも、理沙も大きく目を見開いた。
　ただ、ただステラだけが、我関せずに、今日も元気に注文された生中を勝手に飲んでいた。

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