■誇大なる最終章　世界の終わりと、始まりの終わり
　戦いが終わろうとしている。
　それも語るほどの時間も無くだ。
　屋敷野 梢、八神 修、椿 美咲紀、恵御納 夏朝、来島 アカリ。
　残る全ての概念英雄がぶつかり合うまでにかかった時間はおよそ零秒。
　梢は攻撃を決めたその時点で修と美咲紀を同時に殺し、彼らのもつ全てのホルダーに『蝶の概念』を与えて飛び立たせた。
　アカリは望むまま夏朝の命を奪おうとし、全ての世界ネコを奪い取ったが、夏朝にアカリの概念そのものを喰われこの世界から消えた。
　残る梢と夏朝の戦いはきわめて直接的で、そして恐ろしいものだった。
　梢の概念を丸ごと食らう夏朝と、夏朝の概念すべてに蝶を付与して散らす梢。
　その力がぶつかり合い、最後には夏朝ひとりだけが残った。
　戦いは決着したのだ。
　と、誰もがそう考えたとき。



　塔ヶ崎 璃亜。
　１５番目の概念英雄にして、誰も認識できない『異世界の怨霊』。
　彼女の呪いが、姿を見せた。

■接続章　終わりの少女、璃亜
　塔ヶ崎 璃亜について語らねばならない。
　自らを含む誰かが不運な目に遭うことで、自分以外の誰かを幸運にする。
　その代わりに自らが更に不運を被る。
　運命を操作する能力をもつ少女、璃亜。
　ある世界では自らの能力を自覚することなく、しかし不運な人生を呪うことも無く、日々真面目に生きていた。
　だがほんのすこしズレただけで、彼女の人生は大きく大きく転落しただろう。
　その証明が、ある平行世界である。

「本当なのか。この娘を不運にすれば、我々が幸運になるというのは」
　溶接した鉄板で覆われた部屋。
　椅子が一脚。金具で固定された少女がひとり。璃亜だ。
　周囲には誰も居ない。
　強化ガラス越しのそのまた先、カメラ越しに彼女を眺める男たちがいるのみだ。
「効果は実験で保証されております。勿論、効果が実証されなければ返金かそれ以上の処置をとらせていただくつもりです」
　うむ、と男たちが頷いた。
　世界を動かすレベルの富を持つ者たちだ。
「なるほど。始めたまえ」
　呼びかけられ、男は手を翳す。
　すると璃亜は激しい苦痛を訴えて叫び始めた。
　表情を変えることなく眺める男たち。
　罪悪感というものはない。
　たとえば３億円という金額は一般的な男性が生涯稼ぐ額に相当するというが、その理屈で言えば資産を３兆円持っている人間は１０００人の人生を買うことができる。
　環境が変わればこの偏差は開きに開き、人生の価値は変わっていく。
　男たちにとって目の前の少女は、関心を示すに値しない程度の価値しかなかった。
　それよりも。
「おお……本当だ！」
　急激に資産が増加していることを確認した男たちは歓喜した。
　人生すら低価値に思える彼らにとって、『確実な幸運』はきわめて高い価値を持つのだ。

　噂は世界を駆け巡った。
　幸運をもたらす少女、璃亜。
　その条件は、彼女を不幸にすることだけ。

　世界中のあらゆる知恵者が集まり、不幸を定義し、より大きな不幸を生み出すための手段を研ぎ澄ませた。
　莫大な資金が動き、璃亜という少女を不幸にするために世界中が努力した。
　結果、世界は幸福に包まれた。
　あらゆる問題が解決した。
　全ての人類が満足し、幸福に暮らす社会が実現した。
　璃亜という少女ひとりだけを除いて。

　少女は生かされ続けた。
　合法非合法問わず、あらゆる手段を使って彼女の生命は維持された。
　最後は脳だけを残して保管されたとも言われていたが、その全てを記憶しているものはいない。
　なぜなら、その世界はたった一夜にして滅んだからだ。

「なぜ、こんな目に」
　璃亜という存在は世界にとってあまりに大きすぎた。
　それゆえ全ての責任を璃亜がおわされ、押しつけられ、蓄積させられた。
　璃亜の命がとうとう潰えたその時、膨大過ぎる感情が世界を覆い尽くしたのだ。
　璃亜は、神そのものになっていた。

■真なる最終章　世界の始まりと、終わりの始まり
「だから世界はもういらない。こんな能力なければよかった。私なんて居なければ良かった。世界なんて、なければよかった」
　塔ヶ崎 璃亜の前では全てのことが無意味だった。
　いかに概念そのものを食える夏朝といえど、あまりに絶大すぎたのだ。
　璃亜の能力はきわめてシンプル。
　『反転』だ。
　生きとし生けるものは死ぬ。存在するもの全てが存在しなくなる。
　概念そのものの反転だ。
　故に。
「概念英雄なんていらない」
　璃亜が呪ったその瞬間、夏朝は……否、全ての概念英雄は概念英雄ではなくなった。

　この世界から全ての概念英雄が無くなる。
　これが世界の決着であり、戦いの終末だ。
　と。
　誰もが。
　思ったそのとき。



「ハロー、俺を忘れてないかい？」
　水守 流　が　言いくるめ　を　つかった！

　時を遡ること、『流ＶＳ夏朝』戦の直前。瓢同一存在の軍を追い払った後ほど。
　流に一人の少年が接触した。
　全知全能の少年、ユーリである。
　彼はこの戦いにおける全ての黒幕の存在を予め知っていて、その行く末も知っていた。
　だから世界が滅びない唯一の手段として、流にある作戦を託したのだった。

「説明しよう！　概念強化『言いくるめ』は特定の事実を無条件で信じさせる能力だ！　この能力により……概念英雄夏朝は、俺を『概念英雄ではない概念英雄』に変えた。それが反転したと言うことはつーまーりー！？」
　びしりと指を突きつける流。
　その後頭部にチョップを入れる屋敷野 梢。
　同じく夏朝によって概念を喰われ、反転によって再び概念英雄となった者である。
「説明が長い」
「チョップが痛い。一機死んだぞ！　どうしてくれる！」
　わちゃわちゃとモメだす二人。
　璃亜は、それを煩わしそうに見やった。
「だから何ですか。反転する力でそんなもの――」
「やめようぜそういうの」
　流は両手を翳してまーまーと言った。
　それだけで、璃亜は力をつかうことをやめてしまった。
　自分でも理解できないほど強制的に、璃亜は『世界を呪うことを諦めようとしている』のだ。
「やめて。やめてください。この呪いは、大切な――」
「大丈夫」
　梢が手を翳した途端、璃亜から全ての無念が蝶の羽をはやし飛び去っていった。
「あなたの無念、私たちがちゃーんと預かって、平等に配ってあげますからねー」
　蝶となった璃亜の無念は、全ての人類に行き渡り、小さく小さく、しかし心のどこかに残るほど確実に、人々の心へと宿っていった。
　誰もが不幸な少女を悲しみ、無念に思う。そんな世界ができあがった。
　がくりと膝を突く璃亜。
　そこに残されたのは、ただの少女だ。
　倒れないように、流は彼女を抱いて支えた。
「安心しな。俺が、誰も泣かせない世界を作ってみせるからさ」
「おっとー」
　手を翳す梢。
「神になるのは私ですよ」
「いやいや、ここは俺に譲ってくれよ。お前もそうしたいだろ？」
　流は言いくるめを使――おうとしたら力が蝶になって飛んでいった。
　蝶をぱちんと手ではさむように捕まえ、自らに取り込む梢。
「いただきましたー」
「あっずるい！」
　梢はウィンクをして、そして。
「安心して下さい。誰も泣かない世界にしてあげますからね」

　かくして、大召喚舞踏祭は終了した。
　世界全土に蝶が飛ぶ。
　戦いで死に絶えた者は蘇り、悲しみは取り除かれ、誰もが解放された。
　カイと再会した衛や、ネコたちに囲まれる夏朝や、誰かを愛することを許されたアカリや、彼を連れて旅立つユーリや、城に再び君臨するアリアや、いちからカード集めをする真白や、手を取り合って踊る美咲紀や修や、戦場にたたずむティオレや、流れる星を見上げる亨や咲や、無数の同一存在と宴会を開く瓢や、狩りに出かける流や、救われた璃亜や……新たな神となった梢。
　そんな物語が、この先も続いていく。
　けれどそれは語るべきものではない。
　なぜならこの物語は、大召喚舞踏祭。
　概念英雄でなくなった彼らのお話は、また別のことだから。