■超大なる第四章　神々が恐れたデスマッチ
　カードを手にした白 真白は１００人に増加。
　再びカードを翳して『絶対命中の弓』を握り込む。
「放つことで当たることが確定する弓。それが百！　逃げ切れるなんて思わないでよね！」
　一斉に放たれた矢は七峯 亨と矢萩 咲に殺到した。
「ふふ、絶対か。絶対が言い切れるとは、羨ましいやら妬ましいやらだ」
「なあに、当たったところで死にゃあしねえ。それに――」
　亨は腕力を限界まで引き上げると、飛来する矢を片っ端から殴って壊した。
　命中という名のジャストガードである。
「最初から避けるつもりなんか、ない！」
　大地を崩壊させるほどのパワーで走り、超高速で接近する亨。
　防御のカードを翳そうとした真白５０人をパンチひとつで一斉に消し飛ばし、流れるような蹴りで真白３０人を大地ごと粉砕した。
「咲！」
「消し飛べ強者！」
　拳を突き出す咲。直線上に放たれた光線が真白たちを消滅させながら大気圏を抜け、無数の星々を滅ぼした。
　そのまま横薙ぎに払う。
　真白どころか隣国とその隣国、大陸の半分を焼き切った上で遠い星々をいくつも崩壊させていく。
「こ、恐っ……破壊の権化だ……」
　死んでも生き返る力をもったカードを手に、ぜえぜえと息を切らす真白。
「けど、倒せない敵じゃないよね！」
　真白は時間を止めるカードを翳し、同時に絶対命中の矢を分裂させて放つ。
　亨の周囲をびっちりと球状に囲んだ矢。カードを翻したと同時に時は動き出し、亨は即死級の矢に晒された。
　常人ならば百回は死んでいる威力である。
　だが、しかし。
「おいおい、殺し方はこれだけか？　退屈すぎて死ねねえよ」
　亨はまるで一切の傷がないかのように立っていた。



「概念強化『八命椀（エイトライブズ）』……強敵の生を食らってきた俺の生命は、八度殺さなきゃあ尽きない。でもって、一度受けた殺し方は、二度と俺に通じない」
　ピッと立てた人差し指――が真白の眼前にあった。
　気づけば接近されていた。
　そして気づいた頃には、拳が顔面にめり込んでいた。
「ぐ！？」
　パンチ一発で９９人の真白が消し飛んだ。
「言い忘れてたが。死ぬ目にあうのは燃えるんだ」
　真白は再び時間を止め、今度は剣を使って一万回切りつける。
　それも切り口や攻撃箇所を変え、時には別の剣を使って攻撃していく。
　人間の形を保てないほどに傷付けられた亨は、しかし。
「マンネリだな。前と何も変わっちゃいねえ」
　こきりと首を鳴らし、まるで傷がないように振る舞っている。
　亨の力の恐ろしさは命が八つあることではない。
　この世のあらゆる殺し方が『混同すれば皆同じ』ことにあるのだ。
　どれだけ斬新に殺そうが殺しは殺し。同じ武器、同じ場所、同じ世界……共通点が一つでもあれば、そしてそれを亨が同じだと決めてしまえば無効化できてしまうのだ。
　もっとも、亨が自分の裁定に満足できなければ使えない技なのだが……。
「俺を満足させろよ。俺が驚くくらい新しい死をくれ。できないのか？　なあ、できねえのかよ！」
　絶対防御のカードを貫くのでは無いかという程のパンチが繰り出される。真白を除く全てが大地ごと消し飛んだ。
「だったら……！」
　剣の描かれたカードを翳す真白。
　彼女の手の中にひとふりの剣が現われた。
「最強の剣！　全てを払い全てに勝る、強者の概念そのものでできた――」
「かかったな」
　喜ぶような、なじるような、黒くどろどろとした笑い声。
　誰あろう、咲のものである。
　そして。



「概念強化『メガエラ』。強者と弱者は反転する。さあ、番狂わせだ！」
　おぞましいオーラを纏った咲は、それを真白めがけて放った。
　光線を切り裂こうと剣を振るうが、まるで小枝のようにへし折れた。
「そんな――！？」
　真白が光に包まる。
「時を止めるカード？　自らを増やすカード？　絶対命中の矢に最強の剣？　全て全て妬ましい。我が嫉妬よ、全て全て喰らいつくせ！」
　光が増し、宇宙ごと飲み込んでいく。
　大地はおろか、地球を含めた銀河全てを嫉妬の光が焼き尽くした。
　最後に残ったのは。
　亨。
　咲。

「なぜ俺だけを消さなかった」
「さあな。強いて言うならば」
　拳を握り直す咲。
　拳を握り直す亨。
　二人は目を見開き、互いの拳をぶつけ合わせた。
　焼き尽くされた銀河が震撼する。
「こうなることを望んでいたのだ！」
「上等だ、残り七回分、きっちり殺してくれるんだろうな！　俺を満足させられるんだろうなあ！」
「その身勝手さ、妬ましいよ！」
　全世界への妬ましさが、咲に宇宙を超えた力を許した。
　亨を宇宙創世の光が包み込む。宇宙ごと破壊・更新された亨は笑いながら咲の顔面を掴み、生まれたばかりの惑星群めがけて投げた。
　星々をまき散らしながら飛ぶ咲。
　歯を食いしばり、時間と距離を無視して亨の背後に移動すると、咲は彼の身体に手を突っ込んだ。
　心臓を優しく撫で、握り、そしてつぶす。
　更に亨の後頭部を掴んで飛ぶと、世界の壁を破壊し、別の世界へ飛び出しながら再び別の世界の壁に叩き付ける。
　壁をいくつもいくつも破壊しながら超え、亨を幾度も殺してから元の世界へと一周して戻り……。
「どうした、最後はどうやって殺してくれるんだ」
　亨の拳が咲の胸を貫いた。
　血を吐き、顔を寄せ、食らいつくように唇を近づける咲。
　決してふれあうこと無く、しかし誰よりも深くふれあったまま。
「新しい世界など忌々しい。一緒に死んでやろう、亨よ」
「……ははっ。こいつは新しい」
　亨は満足げに笑い、咲もまた笑い。
　二つの概念英雄は、この世界から消失した。

　……そんな、筋書きの裏で。



「概念強化『第四の壁突破』」
　全ての宇宙と全ての世界。時間と空間と世界の壁の更に外から、真白はカードを裏返した。
　花咲く広い野原の真ん中で、咲と亨は力尽きて横たわっている。
　その上空を、真白がゆっくりと浮かんでいる。
「ごめんね、本当は、戦いなんて最初からする必要は無かったんだ。私が望めば、なんだって叶うんだから」
　真白は世界の主人公でありヒロインである。
　あらゆる世界に存在する真白は『外の者』が望む限り勝利し、優遇され、心地よい苦難と心地よい幸福によって永遠に愛されるのだ。
　しかし。
　それを。
　履行できる者がいる。



「概念強化『自画自身』」
　あらゆる概念を望む限り書き換えられるティオレ・ユリウェイスが、自らの概念を直接書き換えたとき、第四の壁の更に外側から改ざんすることが可能になる。
「さて、と」
　ティオレはこきりこきりと拳を鳴らした。
「私の契約者でさんざん遊んでくれたみたいね。ズタボロにされる準備はできてる？」
「契約者……なんのこと？」
「今更しらばっくれるな！」
　世界が強制的に書き換わった。
　真白の存在が根底から抹消される。
「概念を書き換える能力者なんてそうそういないのよ！」
「面倒な……！」
　が、そんな情報を上から書き換え、ティオレと真白の立場を逆転させる。
　真白が世界に生き残り、ティオレという概念が消滅する――という行為が時系列を遡ってキャンセルされる――という事柄が最初から無かったことになる――という考えが起きなくなる――キャンセル――キャンセル――キャンセル――キャンセル――キャンセル――キャンセル――キャンセル――キャンセル――キャンセル――キャンセル――キャンセル――キャンセル――キャンセル――キャンセル――キャンセル――キャンセル――キャンセル――キャンセル――キャンセル――キャンセル――キャンセル――。
　もはや常人には認識すらできない、世界を書き換えあう勝負が巻き起こった。
　幾度となく世界は壊れ、ゆがみ、消えては返り、挙げ句の挙げ句……。
「いい加減しつこい！」
「根本から消えてなくなれ！」
　互いの全力がぶつかり合い、真白とティオレはこの世界から消失した。
　残ったのは、野原に横たわる咲と亨。
　そしてごく一握りの概念英雄たちだけである。