妖怪トレペちぎりの謎｜リアクション

妖怪トレペちぎりの謎

「それにしても、妖怪どころか動物だったとはなあ」
「ああ、一見落着ってとこだろう。ここが現場かよ」
「トイレだけに、水に流そうということじゃないか」
妖怪捕り物の功績者マウル・赤城・スティック、体育館から馳せ参じた握利平、やっと疲れの引いてきた八神修はしみじみと語り合う。
「おーい！　ちょっとこっちを見な！」
思わず目を向ける三人の顔に、フラッシュが直撃した。
「ひひひ。女子トイレのぞき犯、三人追加かねぇ。おっと……マウルは協力者だ、許してやろう」
しょげていたかと思いきや、桜崎巴の計略はまだ続いていたようだ。実に悪い顔でカカカと笑う。
「ちょっと待ってくれよ！　誤解だって！」
「この状態からどうやって一人だけ消すんだよ……」
「さあて、新聞部の掲示板にでも投稿しようかね。『トレペ事件解決！　新たな妖怪トイレのぞきを発見！』なんてどうだろう」
「やめろって！！！」
笑い声、叫び声、そしてちょっとの涙と安堵を含んで、夜風が流れていく。

　さて、ミステリ研の二人、新井すばるとブリジット・アーチャーは、待てど暮らせど来ぬトレペちぎりを、現場からさほど遠くはないはずの暗い部室でひたすら待っていた。『道案内』のつもりで途切れ途切れに置いたトイレットペーパーはどうなっただろうか。犯人は本当にそこまで来ているのだろうか。小動物が犯人の線もにらんで、動物を捕らえるためのケージも用意している。部屋の中にはコーヒーと紅茶の香り、そして芳香つきトイレットペーパーのフローラルの香りが漂い、とどめにすばるの構えたちくわの香りもする。トイレとはほど遠い路線で香りのオリジナルブレンドが進んでいた。
「すばる！　ちくわはしまいなさい！」
「だめだよ。何かあった時、これがないとブリジットさんを守れないからね」
強気なことばかり言っていても、ブリジットは女の子だ。万が一、犯人が悪意を持った人間であるなら、彼女を守れるのは自分しかいない。こればかりは、なんと言われてもすばるは譲るつもりはなかった。ちくわさえあれば、ろっこんの力たる冷凍ビームで敵を討つことができるのだから。
「な、何よ……。わかったわ、勝手になさい」
暗くてもわかる。どうせすばるは、真顔で、本気で、こんなくさいせりふを吐いてしまっているのだろう。少しだけ鼓動が早くなったブリジットはあくまで強気な口調を貫いた。部屋が暗くて、表情がわからなくてよかった、と思いながら。

　二人が照れからくる居心地の悪さを扱いかねていたその時、部室の入り口が音を立てた。すばるとブリジットは固唾を呑んで、事の成り行きを見守る。人間の足音。小柄な背丈。女性だろうか？　その何者かが、侵入者を光と音で迎える便座にひるんだ隙に、ブリジットはすっくと立ち上がり、指をパチンと鳴らした。ろっこん『スポットライト』で自分を照らし、勇ましく叫ぶ。
「そこまでよ！　妖怪トレペちぎり！」
「私が行き先を誤ったことはよくわかった」
高級便座の照明にライトアップされたのは、旅鴉月詠だった。ほのかな蛍光を受けて、銀髪が淡く輝く。
「えっ!?　ど、どうして？」
「どうしても何もない。トレペが点々と続いているものだから、おかしいと思って見に来たんだが」
驚くブリジットに淡々と答える月詠の手には、コンビニエンスストアのビニール袋が提げられている。中には拾い集めてきたトイレットペーパーが詰まっていた。せっかくの仕掛けを全て回収され、まるで道しるべのパンを食い尽くされたグレーテルのように、ブリジットはくずおれる。
「ふむ。あちらが騒がしいな。私は妖怪事件を見届けに行って来る」
光る便座に目もくれず、スケッチブックを抱えなおすと月詠はすたすたと歩き去って行った。あとには呆然としたミステリ研の二名だけが残される。先に口を開いたのはブリジットだった。
「すばる、その便座持って帰っていいわよ」
「ちょっと待ってよ！　こんな大物、どうしたら」
「高級品よ。家に取り付ければトイレの格が上がるんじゃなくて？　なんなら身に着けて歩いたっていいのよ」
「あはは……そうだね、じゃトレペ事件の記念に、このボクの時計の鎖にでも……ってつけられるわけないよ！」
「ほおんと、バカみたい！　大損だったわね」
ブリジットはコロコロと笑う。ひとしきり笑った後、すばるをみて、小さく息を吐いてから
「……でも、楽しかったわ」
と言った。その表情はどこか恥ずかしがっているようでもある。
「そうだね。ボクも、なんだかんだで楽しかったよ」
すばるはその笑顔に、ウィンクで返した。

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