ラブ☆部活＆同好会デー｜リアクション

ラブ☆部活＆同好会デー

　必要な申請を済ませた旅鴉月詠は北校舎を出た。迷いのない足取りで西へと回り込む。
「ここだね」
　小脇に抱えていたスケッチブックを開いた。北校舎の側面に背を付けて前方の光景を素早く描き込んでいく。時々、描いた絵を斜め下の方向に離して眺める。十数分でスケッチは終わった。
　その場でスマートフォンを取り出し、片方の耳に宛がう。
「私だ。用意は出来たか？」
　話の合間に何回か頷いた。
「……そうか、では搬入を頼む」
　電話を切った。校舎に戻ろうとした足が止まる。部室棟の近くに黒猫がいた。こちらを覗き込むような格好で身じろぎもしない。
　月詠は目立たないようにスケッチブックを開いた。手早く黒猫を模写する。
「協力に感謝する」
　口にすると黒猫は一声鳴いて繁みに入っていった。
「私も行くか」
　月詠は踵を返した。北校舎に戻って二階の端に移動する。何人かの知り合いに出会い、軽い挨拶を交わした。
　隅の方に立った月詠はスケッチブックの修正に入る。先程の光景を思い出すような仕草を合間に挟んで描き込んでいった。
　生徒達のざわめきが耳に入る。横目で見るとメイド姿の者達がコンクリートパネルや鉄製のベンチを運んできた。精巧なマネキンを背負っている者もいた。
　月詠はスケッチブックを閉じた。制服の両袖を捲り上げる。
「手間を掛けたね」
　その言葉にメイド達は一様に、いいえ、と答えて流れるように作業を進めた。
　その中心にいた月詠は絵を描く用意を始める。周囲の目を避けるかのようにメイドの手によって白いパーティションが立てられた。完全に覆うことはなかった。出入りできる程度の隙間は残された。
「長い一日が始まる」
　メイドから受け取った青いキャスケットを被る。長くて白い髪が纏まった。床に置いたコンクリートパネルに月詠は四つん這いの姿になった。大きなカンバスに向かって勢いよく絵筆を走らせた。
　一角を占領された。興味を覚えた男子がパーティションの隙間から覗こうとした。
「レディーが使用中なのだが」
　中からの声に男子は顔を赤らめた。激しく動揺した様子で、ごめんなさい、と叫んで逃げ出した。

　夜明けまで、あと少しの時間となった。
　北校舎の二階の端に仄かな明かりが灯っている。廊下には常夜灯のように電球式のカンテラが並べられていた。
　その中、月詠の作業は続く。コンクリートパネルの一枚目は完成した。表面が乾く時間を使って二枚目に取り掛かる。壁に立て掛けた状態で細かい修正を施す。
「これでいいか」
　スケッチブックに描かれた絵と見比べる。満足の出来であった。美術部員の作として目立たないところに一筆を加える。
　側に控えていたメイドがディレクターズチェアを用意した。
「ありがとう」
　月詠が座ると別のメイドが横手からソーサーに乗せたティーカップを差し出す。受け取ると湯気を味わい、中身を静かに啜る。
「良いダージリンだ」
　一服を終えた月詠は活動を再開した。カンテラと道具を携えて南校舎に向かう。生徒玄関の近くの外壁に直に絵を描き込む。底意地の悪い笑みを見せた。
　月詠の背中に朝陽が当たる。完成した絵に一筆を添えた。
「あとは待つだけか」
　くるりと向きを変えた。鷹が翼を広げるように両手を上げて瞬時に片足立ちとなる。太陽に向かって、シャー、と奇声を発した。
　徹夜明けのハイテンションのまま、『ラブ☆部活＆同好会デー』の当日を迎えた。