ラブ☆部活＆同好会デー｜リアクション

ラブ☆部活＆同好会デー

　桜庭円は生徒玄関に背中を向けて立っていた。目の前にはボクシング部の部室から運んできた長机が置かれている。その上には勧誘用のチラシが束の状態で置いてあった。傍らでは円の愛猫、にゃーくんが日向ぼっこをするように丸くなって微睡んでいる。
「ここはにゃーくんに任せたからね。ボクは勧誘をがんばるよ！」
　円の言葉に薄目を開けて、にゃ～、と間延びした声を返した。
「まずはー、誰から行こうかーな！」
　いきなり飛び出した。円の赤い瞳が一人の男子に狙いを定める。勢いで軽くスカートが捲れ上がって中身の黒いスパッツが見えた。周りにいた数人の男子が悔しそうな表情を浮かべる。
　未だに男子は円の接近に気付いていなかった。左右に頭を動かしながら早足で歩いている。
「でさー、それでアイツが怒ったわけよ」
「で、どうなった？」
「焦らさないでよぉ」
　手が届きそうなところで邪魔が入った。横手から談笑する三人組の女子が割り込んできた。円は軽やかに舞うようにして躱す。自然と拳を握って胸の辺りに構える。動きは変わって滑るような足取りとなった。
　円の髪がそよぐ。緑色の風となって男子の背中に迫る。
「君、足の使い方が上手いね」
　円は男子の肩にやんわりと手を置いた。それでいて引き留めに掛かる。
「誰だよ？」
「ボクだよ」
　振り返った男子に円は笑い掛ける。
「あのぉ、本当に誰です？」
　あまりに堂々とした円の態度に男子は反対に委縮した。弱々しい視線で問い掛ける。
「こんな自己紹介じゃぁ、わからないよね。ボクは二年の桜庭円だよ。ボクシング部の部長をしてるんだけど、君って素質あるよ！　だからボクシングやらない？」
「ボクシングですか。俺、スポーツはサッカーしかしたことなくて」
「どっちも足は大切だよね！　それにボクシングはオススメだよ。狙い目かな。なんたって競技人口が少ないから、チャンスも多いよ」
　親しい友人に話すような口調で円は朗らかに笑う。男子は話に興味を覚えたのか。質問を口にした。
「高校から始めて、遅くないですか？」
「そんなことないよ。大半の人が高校から始めるんだよ。部長のボクだって、去年からだよ」
　円は男子から一歩ほど離れた。上体を左右に動かしながら拳を繰り出す。ジャブを中心にしてフックやアッパーを織り交ぜる。
　男子は驚いた表情で固まった。円の笑顔を受けて思い出したように拍手を送る。
「これも顧問の牛瀬せんせーのおかげだよ。すっごく教え方が上手なんだよね。見た目はちょっとアレなんだけど！　それに希望したら公式大会にも出られるし、去年、始めた部員の中にはインターハイに行けた子もいるんだよ。やっぱり、努力は報われないとね！」
「あの、他の部のように体験入部とかありますか」
「あるよ。こっちにチラシがあるからあげるね」
　円は笑顔で案内した。生徒玄関の前に置かれた長机ではにゃーくんが座った状態で出迎えた。
「にゃーくん、わかるよね。練習したからね。チラシ、チラシをちょうだいな！」
　緩やかに姿勢を崩した。ゆっくりと歩いてチラシの上部に猫パンチを入れる。何回か繰り返すと一枚が手前に滑った。円が素早く手に取って男子に渡す。
「ありがとうございます」
「こちらこそだよー」
　円はにゃーくんとのコンビネーションを決めて少し浮かれた声を出した。