●作業２日目（２）　ドジョウさんと遊ぼう●


　さて、そんな対岸のセクハラ騒ぎをよそに、真面目にプール復旧作業に取り組んでいる者たちもいる。
　虫取り網でせっせと豆腐をお鍋に掬いながら、ドジョウを選り分けているのは後木 真央。そして新たに作業に加わった、逆巻 天野と真辺 伸幸の２人だ。
「ぬん？　なーんか青春満喫してる方がいらっしゃるみたいだねぇ」
　ジャージの長ソデをまくる手を止め、のんびりとプールの対岸をながめているのは真辺。風に乗って聞こえてくる変態絡みの騒ぎに、若干ピリッとしていた逆巻だったが、これぐらいならまだ大した変態じゃないと判断したのだろう（慣れ？）。
「走って転ばないでよー」
　のんびりとそう声を掛けるだけに留め、じつに平和である。
（あまくんが暴走したら止めようと思っていたけど……この調子なら、今日は大丈夫そうよねぇ）
　友人をそれとなく横目で見守りながら、真辺もニコニコ。
「あれやあ、それにしても。……予想以上に豆腐だねぇ」
　改めて一面の雪景色、もとい豆腐景色を見渡す真辺。
「やれやれ……まさかプールが白いとは」
　神魂の影響もここまでとはね……と思った逆巻だけれど、ドジョウが１００匹居ると真央から聞いて納得だ。真辺の方も、その真央が流したねこったーを見て、ここまでやって来たのだったが、
「来てみたはいいけれど……これは探すの大変そうだねぇ」
　それは逆巻も同感だが、
「なるべく早めに。助けようか」
　そう短く言って彼もジャージのスソをたくし上げ、プールに入る準備をする。
（ドジョウたち、豆腐が好きなのはわかるけど……でも元々は、プールの水。
　塩素入ってる可能性もあるから、食べ続けたら身体に良くないかもしれないし）
　助けても食べられてしまうかもしれないのは、寂しいけど。
　それでも。小さな命は大事にしたい……そう思ってともかく、自分に出来ることから始める逆巻だった。
「やあ、豆腐で足元ひんやりー」
　一足先にプールに入った真辺伸幸が、そう言ってへにゃりと笑う。彼ら２人のドジョウ採集方法は、だいたい同じだ。用意したのは、家庭科室から借りてきたザルと、あとバケツ。すでに豆腐が崩された浅い場所に入り、ザルで豆腐をさらいながらドジョウを探していくという方法である。
　地道な作業だし腰も痛いが、
「ほら、スコップとかだとどじょうさん傷つけちゃいそうだしー」
「キュウ、キュウ〜！」
「真辺ほら、足許に１匹……おっと、こっちもだ。やあ、こんにちは」
　そうやって真辺も逆巻も、１匹ずつドジョウを見つけ出した。逆巻は用意してきたバケツの水に、そのドジョウを入れる。案の定その水は、一瞬で豆腐になったが、
「でも綺麗な水だから、プールよりは平気かな？」
　水を加えると白く濁るトルコのお酒があるけれど、あんな感じで（こちらは固体だけど）乳白色に変わったその凝固面を、うれしそうに出たり入ったりする２匹のドジョウ。１匹は灰色、もう１匹はアルビノなのか、背まで体色が白い。
「『きゅう』だなんてどじょうさん可愛いねぇ」
　そう言って白いドジョウの喉許を指の背でくすぐり、へにゃりと笑う真辺なのだった。

◇

　田村マユミの元に返ってきたドジョウたちと、あいかわらず遊んでいるのは魂行 凪だ。
「キュキュ、キュ〜ゥ！」
「ドジョザベスと……ドジョザンダー……」
　中でもその２匹によく懐かれ、凪自身もそのドジョウたちを気に入ったようである。
「稚魚の頃から付きっきりでしたので、私にはどの子も見分けが付きますが。
　魂行様のように、すぐに名前を憶えていただいた方は初めてです」
　すでに２０匹以上が集まっているそのドジョウたちを、一度も間違えずに呼び分けている凪に、マユミも先ほどから感嘆しきりだ。
「まつ毛と……おひげ……」
　片言で凪の言う通り、よく見ればドジョザベスはまつ毛ぱっちり、ドジョザンダーは立派なヒゲが生えている。どれもいっしょに見えるドジョーズだったが、それぞれに細かな特徴があるのだ。
「見て……お水……」
　そのドジョザベスとドジョザンダーの頭上に綺麗な指をさし伸べ、ぽたりと水滴を垂らす凪。
　ぴちょん！
　と、ドジョウの頭に触れた瞬間、跳ね返ったしずくがそのまま、王冠状の豆腐に変わった！
「キュキュッ？」
　豆腐の、ミルククラウンだ。
　それはそれは小さく可愛らしい王冠を互いの頭上に発見し、跳び上がって喜ぶドジョザベスとドジョザンダー。さらに凪は自分の指先を濡らして、そっとドジョザベスに触れる。
　すると今度は、豆腐で出来た白い指輪のできあがり。
　その指輪を２匹に見せると、うれしそうにドジョウたちがその豆腐をついばみ始めた。
「あ…………」
　くすぐったいのか幸せなのか、いつもは無表情の凪が、珍しくはにかみ笑顔を見せる。

◇

「へえ、何だか結構、楽しそうだね」
「ぬん！　俺たちもどじょうさん、捕まえてきたのよー」
　そこに逆巻 天野と真辺 伸幸もやって来た。根気の良い作業で逆巻も真辺も３匹ずつ、計６匹のドジョウを回収してきたようだ。
「ほらよ、あたしも３匹さ」
　逆巻や真辺と同じくザルを振るって、ドジョウを回収してきた桜崎 巴が、
「じゃあ約束通り、１匹は貰っていくよ。
　猫鳴館に持ち帰って、これから毎日豆腐を作らせるとしようかね」
　有無を言わせずマユミにそう言い、そのうちの１匹、ドジョフ・Ｆ・スキーをつまんで悠々と去っていく巴。その巴と入れ替わりでやって来たのは、後木 真央だ。
「真央ちゃんも３匹、ドジョウさん捕まえたのだー！」
　猫車で押してきた水槽が、どーーんと到着。マユミの金魚鉢はとっくにドジョウでいっぱいだったので、ちょうど良かった。皆で水槽に移し替えると、
「「キュキュウ！」」
　さっそくドジョーズがその中の豆腐を、縦横に掘り進み始める。
「何だか、自由研究の……アリの巣とかを横から見てるみたいだねぇ」
　その様子に、へにゃりと笑う真辺。同じく水槽のガラスにおでこをくっつけながら、おや、真央の口からだらだらとヨダレが……？
「真央ちゃん昔、ドジョウの蒲焼食べたことがあるのだ。
　４匹２百円でおつまみ感覚で美味しかったのだ……駄目なのだ駄目なのだ、
　この子たちはお豆腐作り用で食用じゃないのだ」
　首とアホ毛をぶんぶん振って、内なる葛藤に煩悶する後木真央。
「さてドジョウ食いますか」
　そこにやって来た畑生 言嗣まで、涼しい顔でそんなことを言い出したので、ぎょっとするマユミ他一同。
「ドジョウ、１００匹もいるそうだし何匹かは食っても構わんだろう。
　豆腐は味噌汁、あぁドジョウは蒲焼とか、夏バテ防止に良さそうだね」
　と水槽に手を突っ込もうとする畑生を、
「ドジョウ……食べる……駄目……」
　後ろからがっしと抱き付いて、魂行 凪が泣きそうな顔で止めに入る。
「駄目？　ふむ、何故だね？　元々、食用にするために育ててきたのだろう？」
　畑生の正論に、逆巻と真辺も顔を見合わせる。真辺がマユミに訊ねた。
「ところで、捕まえたこのどじょうさんたち。
　持ち主さんは、どうするつもりなのかなぁ？」
「それは……」
　やはり言葉に詰まる田村マユミ。ドジョウを集めたは良いものの、その後どうすればよいのかは、彼女自身まだ考えがまとまらないようだ。プールに考え無しに放しただけでもすでに充分迷惑なのだが（マユミもその点については反省しているようだ）、『田村屋』に持ち帰れば結局、食べられてしまう運命でもある。
「食べられると言うのは可哀想だけど、しょうがないことなのかな……」
　寂しそうな友人・逆巻の顔を見て、
「んー……でも俺は、１匹ぐらいだったら引き取ってもいいかなーなんて」
　真辺がそう提案すると、うつむいていたマユミの顔がぱっと輝いた。
「本当ですか？　有り難うございます」
「僕も。良かったら１匹貰おう、かな？」
　続いて申し出た逆巻と、そしてすでに引き取りを打診していた凪と真央にも、改めて深々と頭を下げ、礼を述べるマユミ。
「逆巻様も魂行様も後木様も、本当に助かります……」
　こうしてドジョーズのうち、ドジョザベスとドジョザンダーが魂行凪に、ドジョザエモンとドジョピコの２匹が後木真央に。ドジョシローは真辺伸幸に、ジョンが逆巻天野を里親として、それぞれ引き取られていくことになった。先に桜崎巴が猫鳴館に連れ帰ったドジョフ・Ｆ・スキーと合わせて、これで計７匹の引き取り手が見つかったことになる。
「ドジョシロー……やあ、四郎さんとか良い名前よねぇ」
「キュキュウ！」
　雪のように真っ白なドジョウが嬉しそうに、真辺の手のひらの上で尻尾を振る。
「ねえ、何で僕のだけ普通の名前なの？」
「真央ちゃんのドジョウさんたち、チョンマゲがあるのだ！」
　チョンマゲと言えるかどうかは微妙だが、それっぽいトサカ（肉瘤？）があるドジョウたちが、うやうやしく貰い手の真央に頭を下げる。
「キュキュウ……（ござるござる）」
「ねえ、何で……まあいいや。よろしくね、ジョン」
　灰色のドジョウのヒゲを、逆巻がそっと指先でくすぐると、
「くしゅんっ」
　ひとつクシャミをして、「っキュウ！」さえずるようにジョンが鳴いた。

◇

　さてこちらは猫鳴館に帰っていった、桜崎 巴のその後だ。
　ドジョウで豆腐を生産すると言っていた巴だが、何故か共用の冷蔵庫を開けて、何やらごそごそやっている。その独り言によれば、
「ドジョウを手に入れたら、実験したいことがあったのさ。
　つまり、ドジョウをジュースに浸したら、ジュース味の豆腐になるのか、ってことをね」
　水以外の液体でも、このドジョウは豆腐に変えることができるのかを確かめようというのだ。
「もしこれで上手くいくようなら、ジュース豆腐やらトウガラシ水豆腐を作って、
　豆腐料理をしようって奴に差し入れてやろうかい。
　ちょっとしたロシアン豆腐で、猫鳴館の連中がヒーヒー言うところを想像すると……」
　思い付いた悪戯に、ニヤニヤ笑いが止まらない巴だったが、しかし結果から言うとドジョウは、水以外の液体を豆腐に変えることはできなかった。
「キュウゥ……」
「えっ、オイ？」
　入れられたジュースの中でぐったり弱って、ぷかぷか浮いてしまうドジョフ・Ｆ・スキー。
「チッ、軟弱だねえ」
　しかし死なせてしまっては元も子もない。仕方なくそのボトルの飲み物を捨て、水道水に詰め替える巴。真水に触れたドジョウがたちまち元気になって、その水を豆腐に変えたところで、再びドジョフ・Ｆ・スキーを回収する巴。
「ハハッ。あとは運動部員の連中が、帰って来るのを待つばかり……ってね」
　その悲鳴を想像するだけで、今から笑いをこらえきれない巴なのだった。

【１０１匹ドジョーズ回収状況】
逆巻 天野……３匹　　
真辺 伸幸……３匹　　
桜崎 巴……３匹　　
後木 真央……３匹　　
（残りあと６５匹！）