パラダイスキーパー～翼ある護り手達と絶望凍る湖～｜リアクション

パラダイスキーパー～翼ある護り手達と絶望凍る湖～

　子翼獣のぷーちゃんと共に湖へと潜った屋敷野梢は、気付くと奇妙な世界に立っていた。
「ここは……」
　世界の全てが、白と黒で構築されている。
　モノトーンの世界は、そこら中に点在する立派な花の山に彩られていた。
　そして、花の山の上には、写真、更に、その中で微笑む人達。
　静寂と、線香の香り。
　無限に広がるのは、これは葬式だ。
「……永遠の別れは死と同義ですから、怖かったんですね」
　梢の足元で、ぷーちゃんが警戒の色が滲む鳴き声を漏らす。
　その声に、梢はぷーちゃんの方へと視線を落とした。
「……わかってますよ、ぷーちゃん」
　再会を喜んでばかりはいられない状況だと、目前の光景に改めて認識する。と、その時。
　――コツ、コツ。
　不意に、足音が響き始めた。
　それが、迷いなくこちらを目指している。
　ぷーちゃんが、精一杯低く唸り声を上げた。
　心なしか心強くなったなぁと、そんな感慨が梢の胸に過ぎる。
　それがまた少し寂しくもあるのだけれど――ともあれ今は、梢も顔を上げて音の方を見据えた。
「……うん、悪い奴がきたね、ぷーちゃん」
　意識を、これから起こるであろう険呑な出来事へと向ける。
　敵は、どんな手段を以ってこちらを害そうとしてくるだろうか？
　胸中の問いへの答えは、敵の姿が教えてくれた。
　こちらへと歩み寄ってきたのは、梢だった。ぷーちゃんも一緒だ。
　偽梢の口元は緩く笑みの形を描いているけれど、その目はぞっとするほど冷えている。
（さて……武器もないし、どーしよーかな……）
　条件は偽梢も同様だが、あちらだって色んな手を使ってくるだろう。
　攻略法は……と必死に頭を回転させているそのうちに、偽ぷーちゃんが動いた。
　ハッとその目的に気付いて、鋭く叫ぶ梢。
「ぷーちゃん、逃げてください！」
　梢の声に反応したぷーちゃんが、間一髪、偽ぷーちゃんの攻撃を避ける。
　しかし、そちらにばかり気を取られてはいられない。
（あの私がぷーちゃんを狙うとしたら、それは私に隙をつくるため……！）
　梢の読みは正しく、偽梢の姿は目前にまで迫っていた。
　偽者の腕がこちらへと伸びるのを、梢はギリギリのところで払い除ける。
「ぷーちゃん！　まずは回避に専念してください！」

「ぷーちゃんの成長、おねーちゃんに見せてくださいね！」
　梢の声に、「みゅう！」と応じるぷーちゃん。
　だから梢は、安心して自分の偽者と対峙することができた。
　白黒の大地を蹴り、梢は偽梢の懐へと潜り込む。
（キーは『勢い』！）
　頭を働かせようとすれば、隙が生じる。
　そして、力量が同じなら、その隙は命取りだ。
　故に梢は、先ほど、危ういところまで追い込まれた。
「今度は、こっちの番です！」
　態勢を立て直す余裕は与えない。
　梢は、寸の間怯んだ偽梢の首へと手を伸ばし――渾身の力で、細い首を絞め上げた。
『ぐ……！』
　偽梢の喉から、苦しげな声が漏れる。
　その爪が、空気を欲して梢の手や腕を引っ掻いても、梢は手に込める力を緩めなかった。
『みゅ！？　みゅう！！』
　ぷーちゃんを追い掛けていた偽ぷーちゃんが、状況に気付いて身を翻す。
　梢の首筋に牙を立てようとする小さな偽翼獣を、
「みゅうううう！！！」
　本物のぷーちゃんが、梢を守る騎士のように地べたへと縫い付けた。
　虚を突かれた形になった偽ぷーちゃんの傷ついた身体が、空気に溶け消える。
　それとほぼ同時、偽梢の身体からも力が抜けた。
　その身体もまた、ここまでの戦いまでもが幻だったかのようにあっという間に霧消する。
「や、やりましたか……って、いてて。もう、手が傷だらけですよー」
「みゅっ！？」
「あ、へーきです、へーき！　それより……さっきは助けてくれてありがとう、ぷーちゃん」
　みゅう！　と、ぷーちゃんが今度は、どこまでも元気に誇らしげに一声鳴いた。