ネコの気持ちが知りたいな！｜リアクション

ネコの気持ちが知りたいな！

　掃除が終わった。寝子島高校の生徒達が一斉に動き出す。黒兎都は三年一組の教室を出た。
「……帰るかの」
　部室棟に背を向けて正門へと向かう。その途中、ボサボサの頭に何かが降ってきた。当たった箇所を手で触る。上を見ると一羽のカラスが飛んでいた。
　――何かの？
　足元に視線を移すとイヤーカフスが落ちていた。耳のような突起が猫を想像させる。前髪から覗く赤い瞳がきらりと光った。
　拾い上げると声が聞こえた。
「うちにプレゼント？」
　近くに生徒はいなかった。
　――不思議な感じがするの。少し調べてみてもいいかもしれん。
　制服の中に着込んでいた黒のパーカーのポケットに手を突っ込む。引き抜いたスマートフォンを起動させてネコッターの情報を眺めていく。
　手が震えた。静かな興奮が押し寄せる。
　――ヌコだと。このイヤーカフスを耳に付けるだけで、ヌコの言葉がわかるようになるのか！
　口角が吊り上がった。喉の奥から絞り出すような笑いが漏れる。
　瞬時に口を閉じた。頭を軽く振った。
　――喜ぶのは早いの。
　表情に落ち着きが戻った。イヤーカフスを耳に付けた。きびきびとした動きで正門を抜けた。
　赤い瞳が左右に動く。近場に猫の姿はなかった。スマートフォンで時間を確認する。
　――この時間帯なら旧市街が狙い目だの。路地裏や公園は絶好のヌコスポットになる。
　都は行動を開始した。桜花寮は素通りして橋を渡った。古めかしい町並みに近づくに連れて速度が上がる。
　――ヌコの言葉がわかれば、逃げられる理由もわかるはず！　その部分を改善すれば毎日がヌコヘブンだの！
　目が白い物体を捉えた。瞬時に顔を横に向ける。郵便ポストの上に白猫がいた。前脚の上に顎を乗せて目を閉じていた。鼻がヒクヒクと動いている。
　――こんなところにヌコが……。
　都は赤い瞳を光らせて、ゆっくりと近づいていく。気配を感じたのか。白猫は目を開けた。
「良い子だの」
　右手を上げた。荒い息遣いで白猫の頭に伸ばしていく。
『ぎゃああああ！』
　突然の叫び声で都は硬直した。白猫は道に飛び降りて店舗の隙間に逃げ込んだ。一瞬の出来事で追い掛ける間もなかった。
　都は悔しそうに下唇を噛んだ。
　――ヌコに逃げられた。叫ばれただけで理由がわからん。改善のしようがないのー。
「……しかし、本物だの」
　耳に嵌めたイヤーカフスに指で触れて笑みを浮かべた。
　勢いを取り戻した。横断歩道を元気に渡って左手に曲がる。民家の間を抜けると公園に突き当たった。
　急に背筋が伸びた。
　――ヌコがいるのー。小さいのや大きいのが、日溜りの中でくつろいで……。
　一匹が顔を洗っているのー。可愛いのー。ゆっくり撫でてやりたいのー。
　瞳の赤さが増した。血に濡れたような双眸で両手を軽く上げる。揉むような手付きで猫の集団に近づいていった。
　一匹の灰白の猫が尻尾を立てた。
『怖いのが来た！』
　恐怖に震えるような声は瞬く間に波及した。全ての猫が都の方を向いて立ち上がる。
『おばけだよ！』
『幽霊だ！』
『食べられちゃう！』
　最後のサバトラの声で猫達は一斉に走り出した。
「ま、待って！　ヌコ達、うちは怖くないの！」
　必死に追い掛ける都に猫達は一斉に声を返した。
『怖い、怖い！』
『追ってくるな！』
『食べられるー！』
　猫達は散り散りとなって公園から飛び出していった。疲れ果てた都は、その場にしゃがみ込んだ。
「……うちは怖くないのに」
　両膝を抱えて呟いた。急に思い出したかのように片方の口の端を上げる。
　――ヌコ達は食べたいくらいに可愛いがのー。
　両眼は真紅となり、ぬらぬらと光っていた。