ネコの気持ちが知りたいな！｜リアクション

ネコの気持ちが知りたいな！

　簡素なベッドに朝鳥さゆるが横たわっている。浅い眠りの中でもがきながら薄っすらと瞼を開けた。
　ぼんやりとした目で上体を起こす。傍らの小さなテーブルに視線が流れた。コップには半分程の水。睡眠薬の空のケースが反り返っていた。
　軽く頭を振る。こめかみに指を押し当てた姿でベッドから下りた。適当に衣類を摘まんで浴室に向かう。
　全裸となってシャワーを頭から浴びた。冷水に近い温度に表情が引き締まる。手早く頭と身体を洗った。のんびりと浴槽に浸かることはなかった。
　バスタオルで全身を拭いた。きっちりと服を着た状態で洗面台の前に立つ。鏡の中、やる気のないＯＬ風の自分を映し出した。
　何気なくポケットに手を入れた。取り出したスマートフォンの画面に時間が表示される。午前十時を回っていた。
「今頃、学校もないわね」
　部屋に戻った。ベッドを一瞥して玄関に向かう。黒いショートブーツを履いてドアを開けた。
「……じゃあね」
　さゆるは片篠藍人の隠れ家を後にした。

　気ままに歩く。大人びた容姿が幸いして誰からも咎められることはなかった。人の流れを逆行するように進んでいく。
　足を止めた。下げていた視線を上げる。大観覧車がゆっくりと回っていた。
　――同じところを回っているわ。飽きもしないでグルグルと。
　さゆるは口元で嗤った。ゴンドラの一つに乗り込んだ。海に近い方に座る。緩やかに浮上した。
　ぼんやりとした目には何も映っていないようだった。足の位置を少し動かす。足元で硬い音がした。項垂れるような姿となった。
　金属の輪、イヤーカフスが落ちていた。摘まみ上げる動作がぎこちない。
「あたしにプレゼント？」
　問いかけは独り言に終わった。
　――聞き覚えのある声は幻聴なのかしら。
　指の中でイヤーカフスを回して耳に嵌めてみる。
「悪くないわ」
　ゴンドラを降りた足で桜川沿いの道を歩く。湿った横風と淡い日差しに目が微睡む。見つけたベンチにさゆるは腰を下ろした。
　軽く息を吐いて静かに瞼を閉じる。
『こんな時間に人が寝ているね』
『僕達のお気に入りの場所なのに』
『嫌がらせかもよ』
　声は近くて下の方から聞こえてきた。
　さゆるは目を開けた。上体を倒して顔を左右に向ける。左側に三匹の猫が蹲った姿で集まっていた。
　最初に黒猫が言った。
『こっちに気付いたみたいだよ』
『早くどいてくれたらいいのに』
　グレーの猫が続いた。隣にいたキジトラの猫はさゆるをじっくりと見た。
『冷たそうな人に見える』
『自分が良ければ、他はどうでもいいみたいな感じだね』
　黒猫が話に乗ってきた。キジトラは軽く頭を振った。
『自分もどうでもいいみたいに見える。この世の中が嫌いなのかも』
『そうかも』
『そうだね』
　グレーと黒猫が頭を縦に振る。
　さゆるは落ち着いた態度で猫達の話を聞いていた。表情はどこか穏やかに見える。
　――不思議ね。猫の声が聞こえるなんて。でも、あたしはそんな風に思われているのね。
　納得したような表情で立ち上がる。さゆるは猫達に背を向けて歩き始めた。
『ベンチが空いたよ』
『これで寝られるね』
『少し人間臭いな』
　猫達の声を背中越しに聞いた。
　空は青さを増してきた。見上げたさゆるは伏し目となった。
　――今のあたしには眩し過ぎるわ。
　ひっそりとした隠れ家に戻っていった。

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