ネコの気持ちが知りたいな！｜リアクション

ネコの気持ちが知りたいな！

　桜庭円は大通りに立ち、残念そうな顔で空を見上げていた。
　――猫の言葉がわかるイヤーカフスだったのに。こうなったら、銀さんに突撃するしかないよね！
　路地裏に飛び込むと油屋銀の姿はなかった。猫と楽しそうに戯れる女の子の姿に口がへの字に曲がる。
　――ボクだって、猫の話が聞きたいのに。
　項垂れる頭を強引に引き上げる。勝ち気な顔で走り出した。
　――見つかるまで探せばいいじゃん！
　ボクシングで鍛えた足が物を言う。俊敏な動きで人々を避けつつ、頻りに双眸を動かした。
　目に光が飛び込んできた。青年の耳に嵌められたイヤーカフスが朝陽を浴びて銀色に輝いている。
　興奮した様子で円は詰め寄った。
「ねえねえ、そのイヤーカフスってどうしたの！」
「え、これは自販機の釣り銭口にあったんだよ。でも、なんで」
「ありがとう！」
　強引に話を打ち切って円は走る。見つけた自動販売機は逃さない。釣り銭口に指を突っ込む。下まで覗き込んだ。
「ないなー」
　不審者を見るような周囲の目付きは無視した。巡回中のパトカーに出くわすと少し自重した。
　――自販機はダメだね。
　自然と目は人物に向けられる。白い髪の色に反応した。回り込むようにして顔を見て溜息を吐いた。ほとんどが年配者であった。
「銀さん！」
　道路を隔てた道を歩いていた。髪の色は銀色。笑っているように目が細い。円の声が聞こえていないのか。薄暗い路地へと入っていった。
　歩行者信号は青で点滅を始めた。円は猛然と渡り、声を上げた。
「銀さーん！　ボクにも、イヤーカフスを頂戴よー！」
　路地に突っ込むと、滑るようにして止まった。脇道のない一本道には誰もいなかった。
「そ、そんなー」
　嘆きは行動で覆す。円は我武者羅に走った。赤い瞳を駆使して探し回る。
　近くからはしゃぐ声が聞こえてきた。右手に公園があった。柵の向こうでは子供達が追いかけっこをしている。遊具らしい物はなかった。
　必然、砂場に目がいった。キラリと光る物を目にした瞬間、鋭角に曲がって公園に踏み込んだ。
　――絶対にイヤーカフスだよ！　間違いないって！
　走りながら笑いが込み上げる。
「なんか、見つけたー」
　追いかけっこに加わっていた男の子が砂場から拾い上げた。猫の耳に似た突起が特徴的なイヤーカフスであった。
　円は僅かに遅れた。力ない笑いで砂場に入る。
「お姉ちゃん、これ、なんだと思う？」
「耳に嵌めるものだよ。ボクが付けてあげるね」
　引き攣った笑みで円は男の子の耳にイヤーカフスを取り付けた。
「お姉ちゃん、ありがとう！」
「猫の声が聞こえるようになるよ。楽しんでね」
　名前を呼ばれた男の子は追いかけっこに加わった。
「……汗も掻いたし、マンションに帰ろうかな」
　とぼとぼと歩いたあと、悲しくないもん、と叫んで走り出した。

「ただいま～」
　気落ちしたような声でマンションに戻った。
　奥から茶トラの愛猫、にゃーくんが鳴きながら現れた。
「にゃーくんー、ごめんねー。ボク、がんばったんだけどイヤーカフス、取れなかったよー」
　にゃーくんは気にする素振りも見せない。何かを催促するように円の足の甲を前脚で叩く。
「もしかしてご飯？　そうだね、そんな時間だよね」
　円は専用の容器に猫缶の中身を解して入れた。栄養が偏らないように野菜を主体にしたドライフードも添える。
「召し上がれー」
　床に置かれた器に顔を突っ込む。
「猫缶ばかりじゃ、ダメだよ。カリカリも食べないと」
　不満そうな声で鳴いてドライフードを口にする。小気味いい音を立てて全てを平らげた。
「偉いねー。頭をナデナデしてあげるねー」
　円はにゃーくんの頭を撫でた。喉元を指でくすぐる。その時、指に硬い物が触れた。
「にゃーくん、スカーフに何か、入ってる？」
　膨らんだ部分に指を入れると、ころりと出てきた。
「銀さんのイヤーカフスじゃん！　にゃーくん、お手柄だよ！」
　驚嘆した円は小躍りして喜んだ。