ネコの気持ちが知りたいな！｜リアクション

ネコの気持ちが知りたいな！

　閑散とした寝子島神社の境内に御剣刀の姿があった。振るう木刀が風を切る。流れるような動きから繰り出される突きが大気に無数の穴を穿つ。終わりに向かって加速する。
　裂帛の気合で木刀が振り下ろされた。全身の汗が飛び散り、周囲に光の粒を作る。制止したまま、静かに息を吐いた。木刀を腰に構えて歩き出す。
　木陰に置いていたタオルで全身の汗を拭った。身体が冷える前に黒いウインドブレーカーを羽織る。木刀は竹刀袋に収めて肩に引っ掛けた。
　速やかに境内を離れた。参道商店街へと向かう。ほとんどの店が開いていた。
「いろいろ買い込むか」
　怪訝な面持ちとなった。ポケットに入れた手がイヤーカフスを摘まみ出す。直後に鋭い視線を周囲に放った。
　――プレゼントってどういう意味だ？　聞いたことのある声だったが。
　該当するような人物はいなかった。刀は試しにイヤーカフスを耳に付ける。
　――何もないな。
　気のない顔で歩いていると魚屋に目が留まる。活発に動く店主の足元には太った三毛猫がいた。丸い器に顔を突っ込んでガツガツと食べている。その動きが止まった。不機嫌な顔を刀に向ける。
『やらんぞ。この魚は俺のもんだ』
「いや、そんなつもりはないぞ」
「何か？」
　魚屋の店主が値札を書きながら聞いてきた。刀は頭を下げて急ぎ足で通り過ぎた。
　――さっきの声は猫なのか！？　どうして急に言葉が理解できるようになったんだ？
　思考を妨げるように風が吹いた。乱れた髪を掻き上げる。指が耳に嵌めたイヤーカフスに触れた。
「これか」
　イヤーカフスに触れると口元が緩んだ。いつの間にか、目は猫の姿を求めた。見つけた路地に向かう寸前で気持ちを切り替える。
　――買い物が先だ。歯磨き粉や歯ブラシ。予備の髭剃りも買っておくか。
　決断したあとの行動は早かった。近場のドラッグストアに飛び込んで必要な日用品を揃えた。
「あとは夕飯の食材か」
　先程の魚屋の方向に目をやる。迷った末に路地へと入った。
　――派手な独り言をやらかしたからな。それに鮮度を追求するなら漁港が一番だ。
　早足で向かう。幾つもの道を横切った。磯の気配が強まる。
　寝子島漁港に着いた。活気のある声が人々を迎え入れた。書き殴ったような値札はどれも安く、目にした魚介類の大半が新鮮に思えた。
　刀は漁港内で迷子となった。
　――どれを選べばいいんだ？
『なってないねぇ。見りゃ、わかるだろ』
　隅の方に蹲っていたキジトラの猫に目がいった。刀は驚かさないようにゆっくりと近づく。ポケットから煮干しを取り出して小刻みに振ってみた。
『いい心掛けじゃないか』
　煮干しは瞬く間に食われた。舌で毛繕いをして、ふいに顔を上げる。
『煮干し一本じゃ、物足りないねぇ』
　刀は黙って煮干しを追加した。その後も催促は続き、持っていた十本の全てを捧げることになった。
『満足したよ。今日はカツマサがいいよ。ほら、太い女が見えるだろ。その中でもオススメはタイね。まあ、あたしの言葉があんたに、わかるとは思えないけどねぇ』
「助かったよ」
　刀は迷いのない足取りで店舗の前に立った。並べられた魚から鯛を選ぶ。
「あんた、目利きだね」
「それほどでも」
「可愛いじゃないか。おまけでニシンとサヨリを付けてやるよ」
　格安で最良の食材を仕入れることができた。刀は軽い足取りで猫のところへと戻った。
『驚いたね。あたしの言葉がわかるみたいじゃないか』
「おまけで貰ったものだけど、受け取ってくれ」
　刀は一匹のニシンを差し出す。キジトラの猫は口に咥えた。尻尾を振りながら歩いてゆく。
「ありがとう」
　刀もまた、帰路に就いた。

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