NEKOJIMA GET BACK　ユメユメ事変・前編｜リアクション

NEKOJIMA GET BACK　ユメユメ事変・前編

■お花の幸せ、まもります！
　花壇に水が注がれていく。
　銀のじょうろを傾けて、椿美咲紀はほっこりと笑った。
「もうじき、このお花も咲く頃ですねえ」
　人類が家というものをもつまえに、庭というものを持っていた。
　紀元前の人類は生きるために必要な食料だけを育てているとばかり思われているが、ある説によれば彼らはただ愛でるためだけに花を育てていたとも言われている。
　水をくみ、土を整え、ただ愛でるという行為。それは人生をただ生きるためだけのものではなく、誰かを愛するものに変えてくれる。
　その精神は今も、そして未来にあっても続いていくことだろう。
「そろそろこの辺りも選定しないとですかね」
　植木を撫でて呟く美咲紀。そんな彼女の脳裏に、見知らぬ何かからのササヤキが訪れた。
　『きこえますか……きこえますか……誰かのフツウが壊されようとしています。行きなさい。あなたにはそれをする力があります……』
　ササヤキの内容は、不思議と一瞬で流れていった。土に水をおとすように、美咲紀のあたまにしみこんでいく。
「これは、紫陽花の若奥様……！」
　紫陽花の若奥様、というのは美咲紀の中での愛称である。
　ある庭に美しい紫陽花を咲かせる家があって、通りがかる時にその姿を見たきりだ。
　しかし花の様子を見れば、それが美しい心をもった人であることがわかる。少なくとも、美咲紀にはわかった。
　そんな彼女が庭バサミで花を八つ裂きにしていく未来が見えたのだ。
　彼女の頭には黒いツノがはえ、まるで何かにとりつかれたように暴れていた。
　日常から外れた存在。
　フシギハザードである。
「で、あれば！」
　門扉を飛び越え、庭に着地する美咲紀。
　庭バサミを握った女性が彼女へと振り返った。
　くるりと園芸用支柱を構える美咲紀。
　悲劇が起こるその前に、美咲紀は庭へと駆けつけた。
「止めるのが私の役目なのです！」

　棒術、と呼ぶには少々奇抜なフォームだった。
　薙刀術と棒術と中国器械術らしきものが混ざった不思議な動きで、女性の繰り出す庭バサミを華麗によけてはいなしていく。
　アニメで見た執事的なやつが使っていた棒術をまねしたくて練習を繰り返した結果、庭バサミを振り回す程度の素人相手なら制圧できるだけの体術へと昇華していたのだ。
　園芸も、同人誌も、このウソ棒術も。
　なにかをやって形にして、それがヘンテコなものだとしても繰り返し、何度も何度も繰り返すことが出来る。
　常人にはホントは難しい、反復という才能である。
「そこです！」
　美咲紀棒術（この際だからこう呼んでみる）のキモは相手の足運びに合わせて強引に足払いで転倒させるところにある。実は現代薙刀術にこういう技があって、本で読んで知ったわけだが、それはさておきだ。
　転倒させ、棒を水平に押し込んで馬乗りになる。
「どうしてこんなコトになったのか分からないですけど、助けてみせるのです。庭も、若奥様も！」