NEKOJIMA GET BACK　ユメユメ事変・前編｜リアクション

NEKOJIMA GET BACK　ユメユメ事変・前編

■金翅鳥、飛翔
　竹刀の先が空を絶ち、ぴたりと何かに当たったかのように止まる。
　元の位置まで振り上がり、また同じように絶ち、止まる。
　一見してなんてことのない動作だが、それ相応の肉体作りをしていないと身につかない高度な素振りである。
　『彼女』が幼い頃から剣を鍛えていたことがうかがい知れた。
　伊藤美緒。１５歳。ツインテールの髪にどこか生意気そうな顔立ち故に竹刀と道着が意外に見えるが、こう見えて地元で無敵の剣道少女である。
　さておき。
　そんな美緒がいつも通り素振りに励んでいたところ、頭の中にササヤキ声が響いた。
　幻聴のようにかすかな、しかし現実のように確かな声で誰かが頭の中で囁くように言うのだ。
『きこえますか。きこえますか。ユメユメを倒して、人々の日常を救うのです。きこえますか……』
「ひゃあ、何！？　なんなの！？」
　頭をわしわしやって竹刀を振り回す美緒だが、それが疲労による幻聴ではないことに気づいてぴたりと止まった。
　というより、寝子高の自転車部らしきロードバイクにのった少年が、参道商店街で人を撥ね飛ばすビジョンが見えたところで動きを止めた。
「なにこれ。大事件じゃない。こんなの……」
　スポーツをする人間にとって、『自身の技術が人を傷付けた』という経験はトラウマに直結する。剣道でもよくあることだが、人に大けがをさせて二度と剣が握れなくなった者も少なくない。
　ましてロードバイクなど、下手すると自動車かそれ以上のスピードが出るアイテムである。激突すれば大けがで済まないことだってあるだろう。
「これがホントなら……こうしちゃいられないわ！」
　竹刀を置き、道着はまあそのままで、一旦汗をぐいっとぬぐって屋外に。
　靴を履いてダッシュアンドジャンプ――アンドチェンジ。
　美しい鷹に変身すると、無数の屋根を飛び越えて商店街へと向かった。
　鳥は翼をばたばたとやって飛ぶイメージがあるが、あれはあくまで離陸のエネルギーだ。鍛えた人間の脚力で走り飛びし、翼で風をとらえて滑空すれば最初からトップスピードで遠くへ飛んでいくことだってできる。
　彼女がこのろっこん能力を獲得してからあみだした技術の一つである。
　――みつけた！
　ロードバイクを走らせる少年の姿を目視。（美緒は名前が思いつかなかったが）あのロードレース用ヘルメットの隙間から黒いつのが生えているのも見えた。
　怪我しないでよねと祈りながら翼を調整して突撃。
　接触の寸前に変身を解除すると、自らの重量をそのまま乗せて相手を自転車ごと転倒させた。
「事情は聞いたわ！　その人から出て行きなさい！」
　自分は自分で受け身をとって立ち上がり、びしりと指を突きつける。
　相手はというと、起き上がって黒い剣をどこからともなく取り出した。
　あーあの能力いいなあ。美緒もどこからともなく剣が出てくればいいのに。
　とか思っている場合ではない。
　すぐ近くにあった手頃な棒をひっつかみ、相手に向けて構える。
「うう……改めて見るとすごくお化けっぽい。っていうかお化けそのものじゃない。なによこれ！」
　恐怖で震えそうになる足を、がつんと足踏みをして押しとどめる。
　向かってくる相手。
　チャンスは一瞬あればいい。
「くらえ――」
　相手の剣をよけ、美しい軌道を描いて相手の額を打って抜ける。
「――金翅鳥王剣！」
　振り抜き姿勢のまま言う彼女の後ろで、少年はどさりと倒れた。
　しかして美緒は。
「こ、こわかったよー！　お姉ちゃーん！」
　その場にへたりこみ、わんわんと泣き始めた。
　これが美緒が体験するお化け退治のほんの序章に過ぎないことは、このときには分からぬことである。

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