NEKOJIMA GET BACK　ユメユメ事変・前編｜リアクション

NEKOJIMA GET BACK　ユメユメ事変・前編

■エンデッドダイバー
　春は志波武道というスイマーにとっての準備期間だ。
　まだその時期ではないとはいえ、五月にもなると学校のプールを掃除して早くも水泳部のメイン活動が始まる。
　ジャージ姿で校外をランニングすることもなくなり、身体を水泳モードになじませ始めるのだ。
　それゆえだろうか。この時期になると、息を止めることで集中力が極端に増すことがある。
　その日も無意識に呼吸を止めながら歩いていたのだが、ふと。
「ん、なんだこれ」
　頭の中に、ササヤキがやってきた。
　集中していたからだろうか。武道の精神が、例えるならギアが、真面目モードに切り替わった。

「つまりユメユメってやつが人にとりついてるってことね。ふうん」
　事情を察した武道は、駐輪場にとめていた自転車に鍵をさした。
「おっけー。俺、人が今まで努力してきたこととか支えにしてるものとかをさ、そうやって踏みにじっちゃう奴ってダメなんだよね」
　解錠した自転車にまたがり、眼鏡のブリッジを押す。
「もう少しだけ、待っててくれ。絶対に何とかしてあげるから」

　よく知らない寝子高生徒にとって、武道はきわめて不思議な人物だった。
　フラフラとした態度でふざけたことばかりを言うのに、このミョーに大人びた寝子高で生徒会長を務めている。
　ふざけてやっているのかといえばそんなことはなく、必要以上に（過剰なまでにと言い換えてもいい）真面目に職務をこなしていた。
　そんな彼の真面目さがきわめて強く発揮されるのが、フツウを壊す存在に立ち向かう瞬間である。
「おっと、ここは通すわけにはいかないな。『おにいちゃん』」
　武道がササヤキによって見た未来は、ある少年が自分を慕う弟をカッターナイフで傷つける光景である。
　無感情な少年の表情と、強く信頼する人間に恐怖を植え付けられた弟の目。日常と呼べるあらゆるものが崩壊する瞬間である。
　人生の崩壊といってもいいくらい、それは決定的な破壊だった。
　カッターナイフを手に取る少年。ただのナイフではない。替え刃の部分が黒い影でできていて恐ろしくよく斬れる。牽制に振ったナイフで、標識用のポールが切断された。
「こんなとこ、弟さんには見せられないよな。でもって、弟さんもお兄ちゃんが傷つくところなんて、見たくないよな」
　にやり、と武道は笑った。
　ナイフを振りかざし、襲いかかる少年。
　武道はナイフをギリギリのところで回避。
　否、よけきれなかった分が彼の頬と肩を割いていき、シャツの肩口が皮膚ごと切れた。
　だがそれも計算の内。武道は鋭く繰り出した手刀の突きを、少年の額へと命中させていた。
　ろっこん能力が発動し、がっくりと意識を失う少年。
　頭を地面にぶつけないように抱えると、武道はほっと息をついた。

　少年を地面に寝かせ、自分はケータイを取り出す。
「このハプニングがお一人様専用とは思えないよねえ。他に同じササヤキを受け取った人……いるかな、っと」