cafe眠り猫へようこそ！｜リアクション

cafe眠り猫へようこそ！

　旧市街での買い物を終えて、ねこでんに揺られながら。
　御巫時子はふと、シーサイドタウン駅で途中下車をすることを思い立った。
　少し歩いているうちに――時子の鼻先を、香ばしい匂いがくすぐる。
　気付けば時子は、《cafe眠り猫》の前に立っていたのだった。
「いい香り、ですね……」
　ふわりと微笑んで、カフェの扉を開ける。
　どの席に着こうかと店内を見渡した時子の目に映ったのは、
「――あら？　尚輝先生……？」
　という具合で、猫印トーストをもそもそと頬張る五十嵐尚輝先生だった。
「尚輝先生、こんにちは」
「おや、御巫さん。奇遇ですね」
「はい、私も奇遇だなぁと。カフェでお会いするのは珍しいですものね」
「そうですね。僕はあまり、こういう場所には来ませんし……」
　混んでますし良ければどうぞと、五十嵐先生が向かいの席を眼差しで示す。
　弾むような心持ちで、「ありがとうございます」と時子はその席へと腰を落ち着けた。
　珈琲を喉に流す目前の人の姿に、自然、頬が緩む。
「……御巫さん、何か良いことでもあったんですか？」
「良いこともありましたが、尚輝先生が休日も食事をとられてることが嬉しくて」
「まあ、珍しくカフェに来たのに珈琲だけというのもと思いまして。昼食には、少し遅いですが」
「お昼ご飯、でしたか……」
　時子のかんばせを、仄かな苦笑が彩った。
　時計は既に、昼食よりもおやつが似合う時間を示している。
「ところで先生、トースト、お好きなんですか？」
「ああ、好きと言えば好き……でしょうか。手軽に食べられるので」
　好きな人の好みを知りたい、と零した問いにそう言葉が返れば、
「手軽に……でしたら今度、サンドイッチのお弁当を作るのも良いかもしれませんね」
　なんて、時子の顔に晴れた笑みが乗った。
「尚輝先生の好きな具はなんでしょうか？」
「好きな具……あまり考えたことがなかったですね。何でも食べます。多分」
「ふふ、じゃあ、色々用意しないとですね」
「強請るつもりはないんですが……でも、楽しみにしています」
　その返事に微笑んで、時子はやっとメニューの頁を開く。
「どのメニューも美味しそうで迷いますね……どうしましょう？」
「僕はグルメな方ではないですが、ここのトーストは美味しいと思いますよ」
「では、私もそれにします。飲み物は……」
　悩んだ末に、時子はストロベリーティーをチョイスした。
「私は初めて来ましたが、先生も初めてでしょうか？」
「ええ、僕もです」
　そんなふうに言葉を交わしているうちに、時子の元に届くトーストとドリンク。
　フルーツジャムを乗せたトーストをぱくりとして、時子は瞳をぱっと煌めかせた。
「わ、美味しいですね。フルーツジャムもよく合います」
「僕もそう思います。ミルクジャムもいい具合ですよ」
　２人で、１つの美味しさを共有する。
　その喜びを噛み締めながら、時子はストロベリーティーを口に運んだ。
　ふわり、甘い香りと共に脳裏に記憶が蘇る。
　時子の頬を仄かに朱に染めるそれは、雛祭りの日の出来事だった。
（あの時の先生の言葉や行動に、ドキッとしたから……）
　人混みの中で逸れそうになった時に、手を掴んでくれたこと。
　桃の花を手にした時子を優しく見て、似合っていると言ってくれた――。
（笹船を流しに行く途中も、２人で並んで歩きましたっけ……）
　どれも時子にとって、格別幸せな思い出達だ。
　ほっこりと胸をあたためながら、時子は珈琲を啜る五十嵐先生の顔を見遣る。