cafe眠り猫へようこそ！｜リアクション

cafe眠り猫へようこそ！

　遠野まほろの足を止めたのは、その店――《cafe眠り猫》から漂う香りだった。
「おいしそうなパンの匂い……このカフェからかな？」
　眠たげに見える黒の双眸で、ちょっとカフェの様子を観察してみる。
（オシャレなカフェ……あんまりこういうお店には入ったことがないんだけど……）
　チャレンジしてみようかな、と、まほろは鞄の方へと眼差しを遣った。
「スプーンもいるから大丈夫、だよね」
　優しく、鞄を撫でる。
　鞄の中で、まほろの大事な大事なぬいぐるみが、誇らしげに胸を張っている――。
　そんな空想が頭を掠めて、まほろの口元を綻ばせた。
　よいしょとカフェの重たい扉を開けて、店内へと足を踏み入れる。
　きょろきょろと店内を見渡して、まほろは空いている席を見つけると、腰を下ろした。
　鞄を開け、そこから言葉通り宝物を扱う手付きでぬいぐるみを取り出す。
　猫のぬいぐるみだ。グレーの生地に、円らな緑の瞳。
　鈴の付いた赤いリボンが、その愛らしさを益々際立たせている。
　そのぬいぐるみ――スプーンを、まほろは自分の隣へと腰掛けさせた。
　ちょこんと自分に並んだその姿に微笑んで、まほろは思う。
（スプーン……この間やっと、名前を付けることが出来たんだ）
　あまりにも大事なぬいぐるみだから、余計に名前を付け難かったのかもしれない。
　失くしたくない、という想いが強すぎて。
　大切になりすぎると、もしもの時の悲しみが、益々大きくなってしまうから。
（……なんて、そんな風に思ってたのかな？）
　声に出して問い掛ける代わりに、ふかふかの頭を、柔らかくぽんぽんとする。
　思えば今みたいに、スプーンは、ずっとまほろに寄り添ってくれていた。
（去年一年でいろいろあって、その度にスプーンは傍にいたんだよね。大事な友達）
　その大事な友達に、まほろは意味を込めた名前をプレゼントした。
　銀のスプーンは、ヨーロッパでは縁起物。だから、この子はスプーン。
（これからは、もっともっと大事にしよう）
　今日みたいに、こうやって、カフェで一緒にお茶をするのだっていい。
（変わった子だと思われる？　でもこれが私だから）
　だから、１人と１匹、堂々としてここに座っていられる。
　カフェの店員が注文を取りに来たのは、まほろがスプーンへと笑み掛けた丁度その時だった。
　水の入ったグラスを静かな所作でテーブルに置いて――その時やっと、店員はスプーンの存在に気付く。
　その目元が、ふわりと和らいだ。
「ご注文はお決まりでしょうか？」
「えっと、猫印トーストとミルクティーをお願いします」
　かしこまりました、と、店員は笑顔のままでテーブルから離れる。
　やがて、テーブルの上には、トーストとミルクティーが並べられた。
　それと一緒に、グラスがもう一つに、子供用の取り皿と空のティーカップも。
「これって……」
「どうぞ、お連れ様と素敵な時間を」
　にっこりとして、店員が去っていく。
「ねえ、スプーンの分だって。……何だか嬉しいね」
　秘密のお話をするみたいにスプーンに話し掛けた後で、まほろは改めて目前の料理を見る。
　トーストはいかにもサクッとしていそうで、ミルクティーもふわふわと湯気を立てていた。
「わぁ、とても美味しそう……」
　そうして口に運んだトーストはサクッとふわっと。
　ミルクティーも、トーストにとてもよく合った。
　ほう、と息を吐くまほろ。
「うん……パンもミルクティーも美味しいなぁ」