Fashion In the Spring｜リアクション

Fashion In the Spring

■大人になるってどんなこと？
　小学校に通い始めた時、自力で学校まで歩いて行くことが苦難のように思えた。
　中学校に上がるとき、みな制服姿になるのがなんだか不思議に思えた。
　高校に上がるとき、受験勉強が人生で一番つらいことのように感じた。
　しかし大学に上がる今。
「まさかこんなことで悩むなんてね……」
　仙藤紫は深くため息をついて、洋服ダンスと大きな鏡を交互に見た。
　私服での通学。
　それは、中高の約五年にわたって制服でコミュニティに所属することを常としてきた者にとっての恐るべき壁である。
　日頃からごく一般的な集団の中でごく一般的な服装で過ごしていた……と仮に自覚していたとしても、そのコミュニティは一般社会におけるごく一部。コミュニティによって偏ったファッション文化が根付き、普通の格好だと思っていたもそれがとんだ奇抜ファッションだったなんてことも珍しくない。
　それゆえ学校教育では言外に『いろんな人と付き合いなさい』と教えるのだ。
　さておき。
　なんだかんだで学外活動を頻繁にこなしていた紫にとってすら、その問題は無視できないものだった。
　普通である自覚はあるが、それが本当に普通であるかは誰にも分からないのだ。
　もうなんか、普通普通言ってて頭がどーにかなっちゃいそうである。
「とにかく、表に出て恥ずかしくない格好にしなくちゃ、よね」
　高校までは常識のチュートリアル。大学からは社会のチュートリアル……なんて話はよく聞くが、いくらチュートリアルだからってみっともない格好をして恥をかきたくは無い。
　普段よりもちょっぴり気を遣った化粧品を揃え、今までよりちょっぴり頻繁に美容院に通い、そして今までよりもほんのちょっとだけ服のレパートリーを増やさねば。
　長々語ってはみたが、要するに、そういうことである。

「まずはこんな所かしらね」
　フレアスカートをはいて、ブラウスの上にカーディガンを羽織る。
　うっかりするとおばさんっぽくなるが、もとより大人びた紫がきると落ち着いて見える。ヘンな言い方をすると常識がありそうに見える。
　変に冒険しようとしてつばの広い羽根つき帽子なんか被ろうものなら大学デビューに失敗した人みたくなっちゃうので要注意だ。普通のものは普通だから良いのだ。何か足してはいけない。
　なにぶん、紫は素材が良いのだ。
　言ってみれば単体で美味しい白米みたいなもの。そこにいきなりマヨネーズぶっかけるようなことをしてはもったいないのだ。
　……いや、素材が良い女性というのは大体なにを着ても似合っちゃったりするので、そういう意味では辛子マヨネーズかけご飯みたいなどうかしちゃってる服装を選んでもダメではないのだが。
「そうね、じゃあ、たとえば……」
　上を何となくで買ってきたデニムシャツに変えてみる。
　そーゆーもんだと思って上から白いニットを着てみたが、春にこれは暑いだろうか。
　試しにシャツだけにしてみたが……。
「ん……以外と、悪くないわね」
　本人が自覚していないことなのだが、紫は身長や全体的なボディバランスからしてビジネス色の強いスーツとか似合っちゃう人なので、ワイシャツにパンツルックという組み合わせが恐ろしく似合うのだ。
　あんまりガラじゃないのでこの組み合わせは選ばないが、たまにはいいか……なんて想いながら、紫は今の服装をケータイで撮影してみた。
　大学生活、およそ数年。
　その後おそらくは再び制服生活に戻るのだろうが、ここはひとつ、大人の見せ所である。