Fashion In the Spring｜リアクション

Fashion In the Spring

■女の子には魔法の鍵がかかっている
　春になりました。
　それまで長袖長ズボンで分厚い革の上着で鉄壁の防御を固めていた渥美ニナも北風と太陽メソッドでもって上着は脱げマフラーや手袋も外れていく季節でございます。
「やっぱりこの季節になると、春めいた格好になりたくなりますよね！」
　ニナはそう言って、自動ドアをくぐって外へと出ていた。
　なんの外かって、大きなスポーツショップの外である。
　新しく買ったウィンドブレーカーを手に、ほくほく顔のニナである。
「明るい色とか着たくなっちゃいますねー、春だし」
　春を強調しているだけあって、ウィンドブレーカーは明るい空色。花の咲く公園でもジョギングすれば映えそうな色合いである。
　想像してみよう。
　明るい色のウィンドブレーカーを着て、ロードバイクに跨がる自分。
　気分がほくほくしてくるというものである。
「このまま帰って着替えちゃいましょう。でもって、午後は新装備で走り回って……」
　にこにこしながらサイクリングする自分を空想する。
　風を切って走るそのさまを、人はどんな風に見るだろう。

　ふと、足が止まった。
　普段は入らないような洋服店である。
　フリルのついたスカートや、どこかアンティーク感のあるオシャレな服が沢山置いてあるという店だ。名前はよく覚えていないが、確かなんかの系列店だった筈である。
　絵本で見た不思議の国のなんかを思わせる、それはそれは少女めいた服がこちらに向いていた。
　具体的には、ニナの何かをがっちりと掴んでいた。
　それがハートであることに気づくまでもなく、引き寄せられるように店に入っていくニナ。
「か、かわいい服ぅ……」
　こんな服が似合う子は、たぶんお花畑で冠とか作るんだろう。
　名前の沢山あるお紅茶とか飲むに違いない。
　特にこれだ。フリルのたくさんついた白いスカート。ニナ的に言えばお嬢様スカート。
　庭に薔薇園とかがある家の娘がつけていそうなやつである。
　ふと。
　自分がそれらの服を着たさまを想像してみた。
「いや、いやいや、似合わないでしょー。またまたー」
　架空の誰かをぱしぱし叩きつつ、はたと何かを思い出した。
　なんかのタイミングで手に入れた化粧品。
　あれ以来なんだかお化粧が楽しくなったニナである。
　いっそ、ばっちりお化粧してみるか。それでもってこのお嬢様ルックに包まれてみるか？
　想像してみる。
　草原っぽい場所を歌いながらスキップする自分。
　……あれ、なんかちがうな。
　やりすぎだな。
「けど気になることは気になるし……あっ、そうだ！」
　ニナはくるりと身体の向きを変えると、ベルトコーナーへと向き直った。
　それこそお嬢様がオシャレでつけてそうな細くてカワイくて繊細そうなベルトが並んでいたが、そのなかから一本を手に取ってみる。
　たとえばこれをジーンズに合わせてみたら？
　ちょっぴり変わるけど、ヘンではない。
「……よし」
　ニナは自分の中にゴーサインを出した。
　魔法の鍵がひとつ、開いた瞬間であった。

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