【普通＋フツウ＝らっかみ！】

「ふ、フツウなんて大っ嫌いだああああああーーー！！」
　ぬああああー！　と天高くこだまする、水上 桜の叫び。
　めこめこめこ……その後ろでコンクリートが崩れ落ち、地面からぽっこり顔を出したのは、壊れかけの量産型メカナマズ。その頭部パーツがぱかんっとマトリョーシカよろしく開きまして、
「びょ……猫鳴館地下帝国よ、永遠、なれ……がくっ」
　自分でがくって言いつつダウンした骨削 瓢の頭を、ぶぎゅるっ！　踏んづけながらメカナマズの中から現れたのは……あっ！　旅鴉 月詠さんだ！
「ふむ。これもひとつの結末か」
　エンディングのトリとして満を持してやってきた月詠さんは、くりんとあたりを見回しますと、ぬおーっ！　とかふぬあーっ！　とか爽やかな青空めがけて呪詛を飛ばしている桜の肩を、ぽむっと叩きます。
「フツウなんてものがあるから私はいつもいつもこんな目に……へっ？　あれっ、人がいる！？」
「うん、なかなか私好みのカオスなウソだが。君には、この言葉を贈ろう」
　そうしていつもの無表情ながらに穏やかなマナザシで、告げたのでした。

『──彼女の嘘の話は、これでおしまい。めでたし、めでたし』

　瞬間。ぱあっ……！　まばゆい光があたりを駆け抜けて、
「……あっ！？　人が……みんなが！」
　寝子島にいつもの姿が戻っていきます。行き交う車のエンジン音。学生たちが賑やかに騒ぐ声。風にのって聞こえてくる、ラジオやテレビの音も。
　八百屋のおじさんも、花屋の看板娘も、郵便配達のお兄さんも、タクシーの運ちゃんも、寝子高生たちも。みんなみんな、全てが元どおりに戻っていくのです。
　桜はぽかんとして、彼女を見上げます。
「あ、あなたは一体……？」
「こうして彼女は元に戻った寝子島で、幸せに暮らしましたとさ。なに、私はただ、全ての物語がハッピーエンドで終わることを願っているだけさ」
　くいとキャスケットのつばを下ろしながら、月詠は気のないそぶりでうそぶきました。
「私は語り部だ。もちろんウソだが。でも今は、語り部だ」
　何がウソだかホントだか、曖昧なセリフで煙に巻きつつ歩き出した月詠さん、くりんっとカメラ目線。
「さて、そろそろエンディングだと思うのだが。ほら残りの字数も少ないし、巻いて巻いて」
　ごもっとも。
　そう……まだまだ、オチをつけなければならない物語がたくさんあるのです。



　目が覚めて、手の中に残ったシルクオーガンジーのヘアゴムを見つめながら、鴻上 彰尋は思います。
（……そうだ。夢や幻の中でじゃなく、今度こそ、現実で……彼女に）
　自身の揺るがぬ想いを再確認する彼へ、月詠さんはこんな言葉を贈ります。
「こうして彼は、いつか自分の手でそれを手渡すことを決意したのでした。めでたし、めでたし」



　交換日記のページをぱらとめくると、そこに書かれている彼女らしい淡泊なひと言に、恵御納 夏朝は目を細めます。
（うん……僕も楽しかったよ、夏夜ちゃん。いつかまた、夏夜ちゃんに触れられる日が来ますように。冬夜くんと、もう一度出会えますように……）
　一家の願いを丸ごとそこへと込めるように、ぎゅうと日記を抱き込んだ彼女へ、月詠さんは言葉を紡ぎます。
「そうして彼女たちは、いつか再び願いが叶いますようにと、幸せな祈りを朝日に捧げるのでした。めでたし、めでたし……ふむ、ちょっとクサかったかな」
　いえいえ、そんなことはありませんとも。



　楢木 春彦はふと、スマホの中に撮った覚えのない写真が紛れていることに気づきました。
「……えっ？　征藍さんに、俺が……膝枕してもらってる写真が！？　アレ、夢じゃなかったのか……」
　きっちりと画像に鍵をかけて保存しつつ、にまにまと嬉しそうな笑みが止まらない彼のお話へと、月詠さんはこの言葉を添えました。
「こうして彼は、フラグという名の黒歴史を自ら大切そうに抱え込んだのでした。めでたし、めでたし」



「えっと……よしくん？」
　夢のような日々がまるで今でも続いているかのように、宮祀 智瑜はうっかり、桐島 義弘先生をそんな風に呼びました。
「なっ……な、なにを言ってるんだ宮祀。教師をからかうもんじゃない」
　ぽわっと頬っぺた赤くした先生を幸せそうに見つめた彼女へ、月詠さんはこんな言葉をば贈ります。
「夢から覚めても、彼女は幸せな今にとっぷりと浸るのでした……めでたし、めでたし」



　来島 アカリは思わず、耳を疑いました。
「……えっ？　ロベルト、先輩……なんで、名前……」
「ん？　おはようアカリ、って言ったんだよ。それより、今日の朝ごはんなーに？　アカリのごはんは美味しいからなぁ、期待しちゃうよ！」
　ロベルト・エメリヤノフの屈託ない笑顔に、くすぐったそうにしながらも微笑みを浮かべた彼への、月詠さんのお言葉です。
「こうして彼らは名前を呼び合う間柄となり、少年は乙女のように頬を赤らめながら、これからの未来に思いを馳せるのでした。めでたし、めでたし」



「……お？　星幽塔に戻ってきたのか」
　ゾンビパニックを難なく乗り越えたコル・ティグリスは、十二支団アジトの床へごっそりと積み上げられたお宝を前に、口の端を上げました。
「すげえ、こんだけありゃあ飲み放題だぜ！　なっコル兄さん、団長♪」
「お前、この前の約束を忘れたのか……？　ったく、仕方がないな。お前も飲むか、コル」
　戦利品らしき、前から欲しがっていた『人をダメにするソファ』にどっかと腰かけたイダス・アグリオス。ティクス・ソルは少々あきれながらもジョッキを掲げ、コルを誘いました。
「ああ、今日は祝勝会だな。次は、ネコジマのやつらとも飲みたいもんだ……」
「……彼らはともにゾンビを退けた戦友たちへと杯を掲げ、夜遅くまで飲み明かしたのでした。めでたし、めでたし」



　化神 小次郎はベッドに突っ伏して、じたばたじたばた。両足を振り回しながら、悶えまくっておりました。
「うっぎゃああああ恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい！！　なんっつーウソついてんだあたしは！？　あ、あたしは別に熊吉先生のことなんて好きじゃない、忘れよう！　忘れるんだあああ……」
　がっつりと記憶に刻み込まれて忘れられない思い出に翻弄される彼女へ、月詠さんは希望のひと言を贈りました。
「彼女の胸の中で先生の姿はふくらみ続け、やがて彼女は消えない恋心を受け入れるのでした……めでたしめでたし。ちなみにクマ先生、今フリーだよ」



　神話にゃんこのおそるべきモフモフ攻勢から逃れ、地上への脱出を果たした水守 流と曖浜 鴻。
「ふう！　どうにかまた、地上の光を拝めたぜ……」
「ああ。だが俺たちの冒険は、まだ終わっちゃいない。そうだろう？」
　寝子島には今やたくさんのダンジョンが生まれ、スリルとお宝が冒険者を待ち受けているのですから……ニヤリと笑い合ったふたりへ、月詠さんはうむっとうなずきながらにお言葉を。
「男たちは休むことなく、すぐにも次なる冒険へと出かけてゆくのでした。めでたし、めでたし」



　きゅう、と絡み合う指先。戌井 創はすこうし緊張しながら、意を決して口を開きます。
「えっと、せんぱ……ううん、ぼたん。結婚はまだ無理だけど……よかったら。僕と一緒に、暮らしてくれませんか！」
「……はいっ。よろこんで……！」
　とろけるような微笑みにひとしずくの涙を添えて、添木 牡丹は答えます。ふたりの世界へ浸ってゆく恋人たちへも、月詠さんはクールに言葉を述べました。
「こうしてふたりは同棲を始め、幸せに暮らしたのでした……めでたし、めでたしだ」



　ひとりひとりの物語をめぐり、月詠は勝手にそのオチを付け足していきます。
　なかには、『あんましめでたくないよ！？』と言われることもありました……個性豊かな寝子島住人の皆々さまのこと、ひとりひとりのストーリーは実に千差万別の十人十色なものでして。
　なぜそんなことを？　尋ねてみたなら、月詠さんはしれっと言うのです。

「めでたいなら、真だ。それはめでたいことだ。
めでたくないなら、嘘だ。なら、これはめでたいことだ。
全ての物語がハッピーエンドで終わる……打ち切りに近いものだがね。
打ち切られたくないなら、無理やりにでもオチをつけろという話さ」

　ウソかホントか、分かりません。つけたオチがきっちりとオチているかどうかも関係なくて、月詠さんはざっくり、ざくざくと区切りをつけただけなのですから。

「全て、君たち次第というわけだ。君は君の物語に、どんなオチをつける？
シナリオはまだまだ、途中だよ。君という名のリアクションが公開されるのは、ずいぶん先のことだ。安心していい、アクションの投稿期限は過ぎていないから」

　なんてメタなことを口走りつつ。
　月詠さんは青空を仰ぎ、黄色い太陽めがけ指一本。ぴしり！

「それが、『らっかみ！』」









　神魂がウソをホントにしてくれる一日は、ひとまずこれにておしまいです。
　ここからの物語は再び、あなた自身の手で綴っていくのです。
　あなた自身の手で、ウソをホントにしていくのです。

　大丈夫！　それってそんなに、難しいことじゃあありません。
　なにしろ寝子島には、これでもかーっ！　と楽しいお友だちが、それはもうたっくさんいるのです。あなたの日々の彩りをお手伝いしてくれるマスターさんにイラストレーターさんたちだって、あなたに声をかけてもらえるのを今か今かと待っているのです。
　みんなでいっしょに、綴っていけばいいのです！

　夢＜ウソ＞が希望＜ホント＞になるところ。
　それこそが……らっかみ！！！！