【ロイヤル・クロック・キングダムの華麗なるお茶会】

　こち、こち、こち、こちと、時計の針が鳴る音で目が覚めました。
「寝子島で、エイプリルフールだものね。もう何でもアリよね……ふわぁーーーあ」
　のっけから大あくびをぶちかました桃川 圭花。さすがに慣れたものでして、目覚めるなり即座に全てを受け入れてしまいました。
　眠い目をこすりながらベッド脇のメガネを取り上げすちゃっと装着、あたりを見回しますと……桜花寮の自室とは思えない、たっぷり１０倍はありそうな広い部屋。壁は白金と青の凄まじく精緻なレリーフに彩られ、天井には宝石がこれでもかとあしらわれた金ぴかのシャンデリア。化粧台に椅子、ちょっとした棚やそこに乗っている小物類、敷き詰められたカーペットまで、目に付くおよそあらゆるものが手の込んだ芸術品のように光り輝き、圭花が寝ているのも大人が５人は並んで寝られそうな天蓋付きのベッドです。
　まるで昨晩ちょっぴり夜更かしをして鑑賞した、あの映画のよう！　違うのは、あちらこちらにやたらと飾られている、形も様々ないくつもの時計くらいのものでしょうか。
　圭花はベッドから降りて窓を開き、眼下に見える噴水や広がる緑いっぱいの庭園を眺めて、爽やかかつ高貴な空気を胸いっぱいに吸い込みます。
「ま、もし私が王女だったら、まずは豪華な暮らしをじっくり楽しんでみたいわよね。『朝目覚めたら、召使が綺麗な衣装と豪華な朝食を持ってきて、圭花王女殿下のお目覚めであらせられる！』　なーんて、ね」
　そう。すべては、ウソから始まりました。
　エイプリルフールの寝子島は、何とも大盤振る舞い。ついたウソが、全て現実のものとなってしまうのです！
「おはようございます、圭花王女殿下！　朝食と、本日のお召し物をお持ちいたしました」
「うーん、グッドタイミング！」
　フリルのエプロンドレスを着た侍女たちがぞろぞろぞろと現れて、圭花はぱちりと指を鳴らしました。
　まるで、昨夜の映画のように。今日はとてつもなく、楽しい一日になりそうです！



　遠野 まほろがついたウソは何とも、可愛らしいものです。
「『私の作ったぬいぐるみさんたちは、お話ができるの』……ほんとだよ？」
　とたんに、ぴょこぴょこ、ぴょこん！　猫にワンコにうさぎさん、まほろのお手製ぬいぐるみたちがひとりでに起き上がって、ぴこぴこと手を振っているではありませんか。
「まほろちゃん、ぼくたちをつくってくれてありがとう！」
「わあ……！」
　ぴょんぴょこぴょんと、ぬいぐるみたちはまほろへ飛び付いて、むぎゅーっ。
「まほろちゃんがつくってくれたぬいぐるみたちは、みんなたのしくくらしてるよ！」
「もらってくれたひとたちを、まいにちいやしてあげてるんだよー」
「みんなみんな、まほろちゃんにかんしゃしてるんだよ！」
　まほろはこれまで、自作のぬいぐるみを様々な人たちへ譲り渡してきました。お友だちに、いとこのお兄ちゃん。学校の先生に渡した子や、フリーマーケットでもらわれていった子たちもいます。
　みんなみんな、幸せに暮らしていることでしょう。日々、持ち主の寂しさを癒してあげながら、幸せのお手伝いをお手伝いをしているのでしょう。
「うん……私も。みんながいてくれるから、幸せだよ」
　ふんわりと微笑んだまほろの袖口を、猫のぬいぐるみがぴこぴこと引っ張ります。
「ぼくたちをつくってくれたおれいに、きょうはまほろちゃんを、とってもすてきなところにごしょうたいしちゃうよ！」
「素敵なところ……？」
「うん、とってもすてきで、たのしいところだよ！」
　ぬいぐるみたちがぴょこぴょこ、まほろをどこかへ導きます。
　先頭をぴょんぴょん跳ねているのは、うさぎさん。両手にはきらびやかな、大きな懐中時計を抱えておりました。



　いっぽう佐藤 瀬莉がぶち上げたウソは、何ともビッグです。
「『寝子島に、時計の国が現れた』なんて！」
　ずずずずず……ごごごごご！　突如として地面から飛び出す、時計仕掛けの巨大なお城！
　こち、こち、こち、こち。ひときわ高い塔のてっぺんに掲げられたアナログ時計が、心地良いリズムを刻んでいます。
「せりちゃんも、いこう、いこう！　とってもたのしいところだよ！」
「わ、ウサギさん？　アリスに出てくる、時計うさぎみたい……！」
　わくわくと胸躍らせる瀬利の前に現れたのは、腰に綺麗な銀の時計を提げた、うさぎのぬいぐるみです。うさぎさんは瀬利の服をくいくい引っ張って、時計のお城へと連れて行ってくれるようです。
　道をてくてく歩いて、やがて城下町のようなところへたどり着くと、そこはまさしく『時計の国』。
　普通のアナログ時計から始まって、砂時計に日時計、水時計。壁掛け時計に置時計、古めかしい振り子時計や鳩時計などなどなど……街のいたるところが時計、時計、時計だらけ！　住人たちは複数の時計をいくつも身に着けているし、車も電車も時計仕掛け。よくよく見ると、瀬利にじゃれてきた可愛らしい犬や猫も、時計仕掛けのロボットです。
「うわぁ、すごい……！」
　金属で形作られた冷たく無機質な世界かと思いきや、あちこちには時計に混ざって樹や花もたくさん生えているし、自然だってとっても豊か。住人たちも生き生きとしていて、時計の国は不思議なあたたかみに満ち満ちています。
「クロックパンク。って、感じかなぁ？」
「せりちゃん、こっちこっち！」
　将来大人になって、時計職人になった自分がこの街に暮らすところを想像する瀬利を、うさぎのぬいぐるみが導きます。
「あれっ、そっちはお城だよ？　あたし、入ってもいいの？」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ！　おうじょさまのおさそいだもん！」
　ぴょこぴょこ跳ねていくうさぎさんに続いて、開かれた城門をちょっぴり縮こまりながらくぐった瀬利に向かって、時計仕掛けの兵隊たちが、びしり！　敬礼をして迎え入れてくれました。



「はい、私が王女さまです。お茶会へようこそ♪」
　時計のお城の真ん中、緑がいっぱいの美しい大庭園。にっこり笑顔でお出迎えしてくれたのは、圭花王女殿下！　柔らかい桃色のフリフリドレスにはたくさんの薔薇があしらわれ、ふんわりと広がったスカートには、チェーンのついた金時計が提げられています。編み込みアップにまとめられた髪の上では、ぴかぴかのティアラが輝いておりました。
　王女として、朝からロイヤルな暮らしを堪能している圭花は、少しばかり苦笑いしつつ、
「私ってば役得よね。でもごめんねー、これってあなたのウソだったの？」
「ううん、いいの！　すっごく楽しい……！」
　どうやらいろんなウソが混ざり合った結果のようですけれど、瀬利はきらきら、輝くような満面の笑顔。どうやら大満足のようです。
「さ……ぬいぐるみのみんなが、お茶を淹れてくれたよ。お菓子もあるよ……？」
　同じくいつの間にやら、ひらひらなドレスを身にまとい、大きなボンネットを頭にかぶったまほろが、瀬利をテーブルに誘います。
　テーブルの上では、猫や犬、それにうさぎのぬいぐるみたちが給仕をしてくれています。
　３人は椅子に座って、カップを満たすふんわり良い香りの紅茶を、揃ってひと口。
「ぬいぐるみさん、ありがとう……とっても美味しいよ」
「時計の国でお茶会なんて、不思議だなぁ。でも楽しい！」
「せっかくの一日だものね。楽しんでいきましょ？」
　こち、こち。こち、こち。心休まるリズムに乗って、時計とぬいぐるみの彩るお茶会を、３人は心ゆくまで堪能したのでした！