妄想＜ウソ＞が現実＜ホント＞になるところ。それが、らっかみ！｜リアクション

妄想＜ウソ＞が現実＜ホント＞になるところ。それが、らっかみ！

【記憶】

　汐月ココノは、父を知りません。
　いいえ、父と呼べる人はいます。母や自分たちを日本へ連れてきた、『今』の父。
　知らない父は、『昔』の父。ココノの実父です。
　あまりにも幼かった頃、記憶に残らなかった故郷のどこかで、ココノは確かに、知らない父に抱き上げられたはずでした。

　汐月ココノは、母を知りません。
　いいえ、母はいつもココノの側にありました。寝子島でひとり暮らしを始めるようになってからも、実家の母は何かとココノを気にかけてくれています。
　けれど母は、語ってはくれません。ココノの知らない、母の記憶を。母の故郷を。
　あまりにも幼かった頃、記憶に残らなかった故郷のどこかで、ココノは確かに、並び立つ父母の姿を見上げたはずでした。

「……あは」
　現象は思いのほか、大がかりなものでした。ココノのウソは確かに現実となって、目の前に現れました。
　もっとも、それが本当に正確な記憶の再現であるのかどうか、ココノに確かめる術はありません。
　けれど、分かりました。目の前の光景が正しいこと。直感が教えてくれました。
「なんて、素敵」
　崩れかけた天井から差し込む光が薄い帯となって、ココノをやわらかく包み込んでいます。ところどころに穴の開いた木板には砕けたステンドグラスがちらほらと散らばり、入り口から最奥の祭壇にまで続くビロードの赤はすっかり色あせてしまっています。
　壁には大きな、十字架。傾いてはいるものの、かろうじて地に失墜はせず、鈍い輝きでココノを出迎えてくれました。
　ここはどうやら、教会です。とうに打ち捨てられて久しい、その廃墟であるようです。
　ココノは願い、ウソをつきました。
　『母の故郷と、思い出を知っている』。
「あら。これも思い出の一部……なのかしら？」
　気づくとココノが身にまとっているのは、あちこちがほつれて破れ、古ぼけてしまったウェディングドレスです。これは、母が身に着けたものなのでしょうか？
　すっかり荒れ果てた教会。破れた衣装。それでも降りそそぐ光はどこか荘厳な舞台としてこの場を演出し、ココノはその静謐な美しさに、ほうっと深く感嘆の息を漏らしました。
　自然、とん、ととんと踏み始めるステップ。くるり回ると、ドレスの穴あきスカートがふわりと舞い上がり、きらきらと燐光が弾けてココノを彩ります。頭上で鳴り響く、清廉な鐘の音さえ聞こえてきそうです。
　天井の梁に住み着いた白い鳥たちが舞い飛ぶ中、ココノは微笑み、しばし踊りました。

　軋むちょうつがいの音。ごごん、と重苦しい響きが、開いた教会の扉の向こうにたたずむ誰かの存在をココノに気づかせます。
「……誰？」
　光と影が形作るシルエットは、どうやら男性のようです。けれど顔にはちょうど天井の隙間から伸びる光の帯が差し掛かり、よく見えません。
　ココノは、答えを知っているのかもしれません。これはきっと、母の思い出の中。見も知らぬ誰かが訪れるはずもないのですから。
　じっとココノを見つめる男性は……父なのでしょうか？
　彼は、『昔』の？　それとも、『今』の父？
「貴方は……一体？」

　残念ながら現象は、その答えまでも教えてはくれませんでした。次の瞬間、彼女はシーサイドタウンのアパートの自室で、いつもの姿でひとりたたずんでいたので。
　それでも、
「あは♪」
　母を、いくらか知ることができました。ことによると、知らなかった父とも邂逅することができたのかもしれません。
　ココノの胸は、晴れやかでした。

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