【貴きは偽らざる者なり】

　ひとたび寝子島に異変起こらば自らの意思で現場へと足を運び、仲間たちとの連携と徹底した調査によって真実を暴き出し、解決へと奔走する。
　それが情熱の意を冠するもれいび相互扶助組織、『Leidenschaft』！
「まぁ、モノは試しだ……測ってみようじゃあねーか。今回の異変ってやつが、どれほどのものかをよ」
　そのリーダーたる如月 庚がのしのし歩くと、お隣を付かず離れず、副リーダーの屋敷野 梢がとことこと歩きます。
「ウソがホントになるんですよねー。こういう日こそ、クレバーなウソをついて一財を稼ぐべきですねー！」
　ふたりは相棒。パートナーです。バディです。
　男女の垣根を越えた彼らの友情ときたら固く結ばれているわけでして、エイプリルフールに巻き起こったどでかいカオスにも手に手を取り合い、今日もまた見事なコンビネーションで解決を図るのです！
「さて、どんなウソをついてみましょうかねー？　なんかこー、どかーってお金持ちになれるよーなウソとか。たとえばー……」
「……おい、屋敷野」
　もちろんどちらかが判断に迷った時は、相棒がすぐさま適切な助言でするりと道を示してくれます。
　庚はリーダーらしくきりりと凛々しい面持ちをたたえるまま、こほんとひとつせき払い。梢へと、静かに言葉を告げました。
「『お前、胸でけぇな』」
　ばぼん！
　真面目くさって口にしたウソは瞬く間にホントウになり、梢のまない……失礼。真っ平いや失礼、なだらかな平原のように慎ましやかでサワヤカな胸はＥカップのまあるい双丘へと大膨張！　突然の重量感に、梢は前のめりにズッコケました。
「重っ！？　胸が重いんですけど、それにすごくキツい！　苦しいですってこれ！　っていうかなんですかこれ、足元が全然見えないんですけど！　全然見えないんですけどー！」
「おお。マジにでかくなったじゃあねーか、こいつは確かに異変だぜ」
　相棒を実験台に異変の度合いを測るリーダー庚。
　コンビプレーでさっそうと事件を解決！　といったバディムービー的なカンジはあっさりと投げ捨てつつ、グラドルみたいなトランジスタグラマーと化した梢をじーっと見下ろしながら、彼はどこまでも真顔でありました。
「うむ。こりゃあまずいな。お前の貧相な身体に凹凸が生まれるなんて、こいつはよほどの異変だぜ。すぐに解決しねーとよ……」
「……『如月くんの上半身の服が弾け飛んで、喋るたびに「今晩俺とどうだ？」と怪しげな誘いをする』！！」
　ばぼん！
　今度は梢の反撃がサクレツし、庚の制服の上半身が某世紀末格闘マンガのごとくにビリビリビリーっと吹き飛んで、彼は細マッチョな半裸を惜しげもなくさらしだしました。
「うわ、マジで弾け飛びましたよ！　如月くんってけっこー筋肉あるんですねー、記念にスマホで写真撮っていいですか？」
「お前……やってくれるじゃねーか……とりあえず今晩俺とどうだ？」
「わお、夜のお誘いだなんて大胆ですねー如月くん。でも、ダメですよー？　私たちまだ高校生ですし、不純異性交遊はイケナイことなんですよー」
「お前が言わせてるんだろーが今晩俺とどうだ？　マジでこういう火傷じゃすまねー遊びはやめろっつってんだろ今晩俺とどうだ？」
「ふふふー。そんなに誘ってもダ・メ♪」
　まー梢さんも口ではモンクを垂れ流しつつ、巨乳体験はまんざらでもなさそうです。嬉々としてカバンのベルトを胸の谷間に挟みこんだりしています。いわゆるひとつのパイスラです。
「というかですねー、如月くん？　私はスレンダー系なんですから、こんな脂肪の塊は必要ないんですよ！　まったくもー、私の真の魅力というものを全然わかってないですねー如月くんは。ふふふー♪」
「喜んでんじゃねーよ今晩俺とどうだ？」
　なんだかんだで、ノリの良いふたりであります。



　さてここでいったん、こちらの方へと視点を移してみることといたしましょう。
「むむむ……」
　黒兎 都は今、悩みに暮れておりました。盛大に迷っているところであります。
「今こそおぬこさまと触れ合うか。いやしかし……」
　ウソが現実となるのなら、都には実現したい願いがいくつかありました。
　たとえば……『うちはこの世で一番ヌコに愛されてる』！　とか。
「でもそれ言っちゃうと、自分がヌコに嫌われてるって認めるようなもんだし。なんか、イヤだなぁ」
　猫好きでありながら、なぜだか猫には嫌われがちな都。今日のウソで一発逆転、猫まみれな一日を体験してみたい！　なんて気持ちはもちろんあるものの、なんだかそれを言ってしまうと負けのような気がして、どうしてもためらってしまうのでした。
　といってまったく今日の神魂現象を試してみないというのも、少々もったいない気もします。
「ならばいっそ、ほかのウソを……おお、そうだ」
　猫たちとのふれあいは、いつか自力で実現するとしまして。都にはもうひとつ、ピン！　とくる願いがありました。
「んむ。これにするかの……『ある程度大きい胸は全部、ボールを使った偽乳なのだ』！！」
　都にとって、この世においてとにかく無駄で目障りなもの……そう、巨乳！　爆乳！　でかいおっぱいなんぞ全部無駄乳だから消えてしまえばいい！
　自らのまない……失礼。平坦ないや失礼、フラットで滑らかかつ芸術的なラインを描く滞りの無い胸から目をそらしながら、都は切なる願いを口にしたのでした。
　瞬間。通りすがりのＯＬさんらしきふたり連れが、
「……わ、私の自慢のＦカップが、バスケットボールにぃぃぃいいい！？」
「あっははは、何それ！？　いつも私の貧乳をバカにしてる罰よ、ざまあみなさい！　あっはははははは！」
　寝子高生の仲良さそうなふたり組も、
「ちょっ、違う！　違うったら、あたし偽乳じゃないし！　なんかの間違いだし！」
「これが動かぬ証拠よ、言い逃れはできないわ！　あたしと同い年のくせに、おかしいと思ってたのよ！」
　スタイル抜群なお水のお姉さんも、
「バカ……バカ！　あんたたちがいなくなったら、明日からどうやって暮らしていったらいいのよぉ……！！」
　思った以上の、阿鼻叫喚！　地面に転がったバスケットボールやらサッカーボールやらバレーボールを前にがっくりと悲嘆にくれる女性たちがそこら中にあふれ返り、おいおいと涙を流すいっぽう、元よりすらりとしたスレンダーボディをお持ちの女性たちは勝ち誇って高笑い、暗い喜びに浸るのでした。
　そんな地獄絵図を眺めつつ、当の都はと言いますと、
「……ふっ。これで世のたゆんどもは滅んだ……」
　ぽつりとつぶやきくるりときびすを返し、立ち去っていきます。
　後からやっぱりヌコにしときゃよかったなぁと後悔しないかと言われると、後悔するのかもしれません。そりゃあもう、後悔で身もだえてしまうのかもしれません。
　けれど少なくとも今、都の胸にはかつてないほどの安息が満ち満ちて、束の間の安らぎはその頬へと、満足げな微笑を浮かべさせておりました。



　かくして都のウソは、ずずいと余波を広げまして。
「ふふー。ああー胸が重いなー、こまったなー♪　というか如月くん、そろそろ服着てくださいよー？　もー、私まで変態に見られちゃうじゃないで……す、か？」
　ぼとん。ぼとん。
「おお……？　屋敷野の巨乳が、バレーボールに変わっちまったぜ今晩俺とどうだ？　どうやら別のウソを重ねることで、ウソを帳消しにすることができるようだな今晩俺とどうだ？」
「う……うおおおあああああああーーーッ！？」
　てんてんてんっ、とむなしく弾んだボールがふたつ。梢はがくりと膝を突いて慟哭に沈み、庚は異変についての発見を冷静に述べました。
「わ、私の胸が……っ！！　憧れがっ……夢がっ、希望がっ……！！」
「まぁまぁ、しょせんは一時の幻じゃねーか今晩俺とどうだ？　それより腹減ったしなんか食って帰ろうぜ今晩俺とどうだ？」
「ウルサイッ、この性欲モンスター！！　如月くんなんて、『下半身の服も弾け飛んじゃえばいいんです』！！　バカーっ！！」
「おいやめろ今晩俺とどうだ？　これじゃ完璧に変態の変質者じゃねーか今晩俺とどうだ？」
　リーダーと副リーダー、男女の垣根を越えた友情を育む、相棒同士。
　ふたりはいつだって、なかよし！