妄想＜ウソ＞が現実＜ホント＞になるところ。それが、らっかみ！｜リアクション

妄想＜ウソ＞が現実＜ホント＞になるところ。それが、らっかみ！

【果てる】

　彼の存在は確かに、今もなお、彼女の胸の内へと息づいているのです。
　たとえ実体は伴わずとも、確実に。深く。

　気だるい午後でした。
　虚実のボーダーがひどくあいまいとなった、４月の最初の日。戯れに吐いた朝鳥さゆるの言葉は、何もかもあざ笑うかのように形を成しました。
「かわいそうに……記憶を失くしているのね」
　一糸まとわぬさゆるは、同じく素肌をさらした青年の萎縮した身体へと絡みつき、平坦な胸板へ舌を這わせながらささやきます。
「大丈夫。あたしが教えてあげる。思い出させてあげる。あなたの心と……身体に……」
　ナメクジがごとくてらてらとぬるつく舌は青年を濡らしながら降下し、やがてそこに猛る熱の塊を見つけると、さゆるは自らも昂ぶりのままに頭を埋め、青年はあごをそらしてうわ言のような快楽を喚きます。
　それはこの場所でかつて幾度となく繰り返された営みの再現ではありながら、さゆるはそこへと、いくつかの新しい言葉を添えました。
「……思い出して……この悦びを。愛を。あたしと、あなたの……」
　真実のひとつは、青年の名が片篠藍人であり、このワンルームマンションが彼の住まいであったこと。
　加えたひとさじの偽りは、彼自身がさゆるへと無尽に注いだ、愛。
「愛して……愛して、あの頃のように。あの頃のようにっ……！」

　血のつながりに、はたして背徳をかきたてる以上の意味があるでしょうか。少なくとも実兄である藍人とさゆるの関係は、何らふたりを隔てる要因足り得ません。
「そう。それがあたしと、あなただったの。深く、深く、愛し合っていた……離れがたいほどに。ねえ、覚えているでしょう？」
　さゆるはそうして最愛の男を呑み込みながら、波浪のような悦楽を与え、絡め取り、偽りの言葉で染め上げていきます。
　事実、かつてのさゆると藍人の情交は、必ずしも正常なものではありませんでした。心は溺れ、絶え間ない窒息にあえぎながらも互いを擦り合い、傷つけ、ともに上り詰め、抉り、溶け合い、再び壊し合う。ふたりにとって純然たる愛と狂気は表裏一体のものであり、さゆるにとってその全てが愛でした。
　たとえそれが、かけ違えたボタンのように食い違っていたとしても。

　やがてさゆるは、知るでしょう。全身を満たすこの熱が戻ってきた日常に追い散らされ、芳醇な汗の香りが失せた頃、自分が変わらずひとりきりであることを。試みがすっかり徒労に終わったことを。
　思い出すのでしょう。孤独という現実がもたらす毒の痛みと、緩やかに進行してゆく甘やかな痺れを。
「……はッ……はッ、あッ……あ、はッ……は、あ、あッ……あッ！」
　けれど、今だけは。今日だけは、焼けただれるようなこの交わりを、いつまでも。