【美和ちゃん先生の重婚ウェディング（３）】

　決闘！　幸せな結婚式はなぜだか決闘の様相を呈し、襲いかかるナイフを持った黒ずくめ集団めがけてヨハン・プレストンが二丁拳銃をどかどかぶっぱなし、神薙 焔の剣はずばんずばんと鋭く閃いて、深縹 露草の描いた紋章は光り輝き、巻き起こった竜巻が黒ずくめたちを薙ぎ倒していきます。
　向こうではまゆ先生をかばう冴木 竜司を、顔にがっつり陰影を落とした極ヤンデレモードな鬼崎 つくしが包丁片手に追いかけ回すという、救いがたい修羅場も展開中。
　ちなみに、せっかくの結婚式があまり血生臭いことになってもナンですので、攻撃に伴うエフェクト表現はコミックタッチになっております。撃たれても斬られても、『や～ら～れ～た～！』ってなカンジです。これも誰かの配慮したありがたいウソだったのかもしれません。
「……あぶない、綾花！」
「きゃあっ！？」
　どこかの黒ずくめの手からすっぽ抜けたナイフが綾辻 綾花めがけて飛んできたのを、早川 珪が彼女を抱きしめかばいます。
「け、珪さん！？」
「痛つつ……大丈夫、かすり傷だよ。綾花は、ケガしてないかい」
　いつもはゆるりと優しい珪さんですけれど、今の彼は恋人を守り抜くという決意を凛々しい横顔にたたえて、何ともこれが、戦う男の表情です。綾花は思わずぽーっと頬を赤く染めて、見入ってしまいます。
「あッ……」
　珪さんはきゅっとつかんだ綾花の肩を抱き寄せながら、そっとささやきます。
「大丈夫。何があっても、僕が君を守るから」
「はっ……はい……」
　真っ赤に染まった頬を彼の胸板に預けて、綾花はうっとりとして目を伏せます。
　ちゅどーん、どかーん！　戦いにともなう派手なエフェクトが咲き乱れる中で、恋人たちは幸せにひたるのでした。ちゅどばばーーーん！



「お兄ちゃんッ！！　私とそのおっぱいお化けのどっちが好きなんですか！！　私ですか！！　私ですよね！！　ハイかイエスでお答えください！！」
「選択肢がねえ！？」
　竜司くん、脱兎！　大切な妹分であるつくしをやっつけてしまうわけにもいかず、相原 まゆ先生をお姫様抱っこで抱えながらの追いかけっこが続いております。
「待ってくれつくしちゃん、いくらウソの日だからってこんなバイオレンスな展開はノーだぜ！？　可愛い俺の初恋の妖精はどこいっちまったんだ……！？」
「……やっぱり胸ですか！　乳なんですか！！　私だって……『私だって胸が育てば』、そんなおっぱいお化けに負けないのにィッ！！」
「きゃあ！？」
　包丁びゅおっ！　竜司は慌ててまゆ先生の小柄な身体を持ち上げて回避……と、その時でした。
「えっ……ええっ！？　わ、私の胸が……大きく！？」
　なんということでしょう！　神さまがつくしの切なる願いを聞き届けてくれたかのような絶妙なタイミングで、つくしのちっぱいがむくむくむく……あっという間に、まゆ先生を越える巨乳に大成長！
「お、重っ！？　これが巨乳の感覚……ッ！　でも、これならお兄ちゃんだって私を……！」
　もはや条件は対等です。包丁はあっさりぽいっと投げ捨てて、つくしは即席巨乳をぐいっと腕で持ち上げ強調しながら竜司お兄ちゃんへと迫ります。
「ど、どうですか、お兄ちゃん……？　お兄ちゃんの大好きな、おっぱいですよ？　よ、欲情っ、しませんか……！？」
　確かに、バッチリです。竜司はロリコンにして巨乳派というなかなかにレベルの高い変態ですけれど、これなら彼の好みにも合致するはず……完璧なはず！
「ええー……？　いや、うん、おめでとう。でもつくしちゃん＝ちっぱいってイメージが強すぎて、俺はちょっと……」
　ぶちっ！
「……お……」
「お？　どうしたつくしちゃん、なんかぷるぷる震えてるけど……」
「お兄ちゃんの大馬鹿やろおおおおおおーーー！！」
　どぎゃんっ！！　ヒネりを入れた強烈フックがアゴに炸裂し、
「どいひーーー！？」
　キリモミ回転しながら吹っ飛ぶ、空気の読めない竜司くん。
　つくしはきらきらと輝く美しい涙をこぼしながら、ずだだだだーっと一目散に駆けていくのでした。
　なんか報われない気配が今からヒシヒシとしてるけど、今年もがんばれ！　つくしちゃん……っ！



「成敗ッ！！」
「きゃー、焔ちゃんカッコイイ！」
　焔が最後のひと振りを決めると、黒ずくめたちは残らず掃討されてどしゃどしゃっと山積みになり、すっかり伸びてしまいました。
　さて、決闘にも無事決着がついた後。純白のチャペルにて、ウェディングドレスに身を包む青山 絢と猫島 悠華は、本日最大のピンチに追い込まれておりました。
「「きっ……キスぅ！？」」
「そーよ、誓いのキッス！　これがなくっちゃ結婚式じゃない！　とゆーわけで、先生にキスしてちょーだい♪」
　結婚に憧れてるわりにはどうにも振る舞いが雑な久保田 美和先生ですけれど、とにかく誓いのキスというものをしなければならないようです。
　わりかしフツウの感性の持ち主、絢の混乱はますます深まります。なにしろ、
「わ、私、ファーストキスなんだけど……！？　初めてが女同士で、しかも美和先生とだなんて……」
　そんな色んな意味でフクザツすぎる思い出は、できたらきっぱりご遠慮しておきたいところです。
　かたや悠華は、
「僕はこれ、女同士になるのかな……それとも男女のキスってことになるの？　ど、どっち……？」
　そういう問題かな？　ジェンダーの命題は何かと繊細なものではありますけれど、とにかくこちらも大混乱！
「キスか。ああ、いいとも」
　ずいと自ら足を踏み出し先陣を切ったのは、ヨハンでした。決闘での大立ち回りはどこへやら、いつものクールな佇まいに戻った彼は、ついっと美和先生のあごへ指を添えます。
「あっ……うわぁ、これ思ったより照れる！　あ、あの、もうちょっとさりげなーい感じでもいいのよ？」
「一生に一度だからな。記憶に残る式にしなければ。さあ……」
　ぼわっと真っ赤になった美和先生の唇へ、ずずずいっと唇を寄せていくヨハン。
「だ、大胆……！！」
「ええ～っ、ほんとにキスしちゃうの～っ？」
　見守る絢と悠華も頬を赤く染めながら抱き合わんばかり、かたずを呑んで見守ります。
「愛しているよ。美和……」
　愛する花嫁と花婿は今こそ、誓いのキスをむちゅーっと……！
「……や……やっぱ、ハズカシーーーっ！！」
　といったところで、耐えきれなくなった美和先生。唇が重なるその直前にひょいっと身をかわしまして、
「えいっ！」
　ヨハンの頬っぺたへ、ちゅっ！
「みんなにも、えい！　えいっ！」
　絢と悠華の頬っぺたへも、ちゅっ、むちゅっ！
「あははっ。いやーっ、いざとなると案外、恥ずかしいもんね！」
「……ふっ。先生らしいな」
　あまーいセリフや口説きにはまったくもって耐性ゼロな、美和ちゃん先生２８歳。照れくさそうなその顔は、どちらかというと学生の少女めいた可愛らしさを帯びていて、ヨハンはくすりと静かに微笑み、絢と悠華はほっと胸を撫で下ろすのでした。



　結婚式と言えば、お色直し！
　とは、深縹 露草の談です。
「ふふふ。言ったでしょう？　私は紋章の魔法使い！　『皆さんのお色直しや式場の準備などなど、私が紋章を描いてひとつ願えば、あっと言う間に完了デースよ！』ＨＡＨＡＨＡー！」
　それはまさしく魔法のような、驚くべき光景でした。
　露草のついたウソが、美和先生や絢、悠華の身体を包み込んでいき、
「わ、今度は何？　えっ！？」
「うわぁ、これって白無垢ってやつ？」
　あっという間に、角隠しをかぶった初々しく清純な白無垢姿に。
「ほう、これは……」
「あたしたちも紋付袴に？」
　ヨハンと焔もまた、由緒正しき黒五つ紋付き羽織袴へ大変身！
　もちろん、それだけではありません。チャペルには真っ白な光が舞い散って、気づいた時には、あたりの光景もまた一変しておりました。
「うわぁ、すごいすごい！　やるわねー露草くん！」
　教会は一瞬にして、静謐な空気と和の趣きに満ち満ちた、神社へと変わっておりました。ろっこんとウソを駆使した、これぞ露草マジック！
「ふふ。着物姿のあなたも素敵ですよ、美和さん」
　今日の彼は素のままの三枚目ではなく、まぎれもないイケメン花婿！　その微笑みには、美和ちゃん先生もぽわっと赤面しっぱなしでありました。



　そんな式の一部始終を、薄野 五月はぱしゃ、ぱしゃり。一枚ずつ、心をこめて写真に収めていきます。
「僕たちの式も、ここで挙げたいね。綾花のドレス姿も、白無垢姿も、とても楽しみだよ」
「は、はい……っ。私も楽しみです♪」
　寄り添う綾花と珪の姿を、ぱしゃり。
「うわーん、みんな！　今日はありがとう～！　なんだか夢みたいだけど、先生は幸せでーす！」
　泣き笑いの美和ちゃん先生をレンズの中に収めて、ぱしゃり。
「……ふっふ♪」
　基本ローテンションな五月も、感無量です。内心では小躍りしてしまうほどに、その胸には幸せが満ち足りています。
　大好きな美和先生の幸福は、五月自身の幸福でもありました。
「それでは皆さん、撮りますよー？」
　最後は全員揃って、記念撮影です。
「五月ちゃんもほらほら、入って入って！」
「タイマーをセットしましてー。はーい、今行きますー」
　小走りに駆けてきた五月の肩をぎゅっと抱きしめながら、美和ちゃん先生は渾身の笑顔を浮かべまして。
「ピーーースっ♪」
　ああ。今日は、良い日だなぁ！
　五月の心は、鳥居の向こうに広がる真っ青な空のように晴れやかに、凛と澄み渡っていくのでした。