メリーさんの思い付きでお散歩、なの｜リアクション

メリーさんの思い付きでお散歩、なの

　穏やかな青い空に呼応するかのように海は凪いでいた。海岸沿いの道をヨハン・プレストンが横目で海を眺めながら歩いている。黒い長袖シャツに同色のスラックスを穿いていた。革靴まで黒かった。
　影のようにひっそりと音もなく進む。何かの気配を感じ取ったのか。目を正面に向けた。おかっぱ頭の女の子が歩いていた。
　数瞬、訝るような表情を浮かべて再び目は海を求めた。歩きながら今度は右手に顔を向ける。女の子は隣でスキップをしていた。
　ヨハンは足を止めた。合わせるように女の子も立ち止まり、目を合わせてきた。
「私に用か」
「どこにでも連れて行ってあげるの」
「そうか」
　二人は黙って見詰め合う。向かいの歩道にいた中年女性の集団が険のある目を向けてきた。囁き合う言葉の中に誘拐という単語が含まれていた。
　ヨハンは表情を変えずに女の子に言った。
「少し歩こうか」
「お散歩するの」
　女の子の歩幅に合わせてゆっくりと歩く。前を向いたまま、ヨハンは口を開いた。
「名前は」
「あたしはメリーさん」
「都市伝説のメリーなのか？」
「そのメリーさんなの。瞬間移動が得意なの」
　ヨハンは横目で見遣る。すでに女の子の姿はなかった。
「こっちなの」
　前方からの声に反応した時には遅く、平然と右隣に戻っていた。
「なるほど、便利な能力だ」
「どこに行きたいの」
「便利ではあるが、頼り過ぎると毒になる。歩いて行くぞ」
　ヨハンは道路を横切った。物色するような目の動きで喫茶店を選び出す。中に入るとドアに付けられたカウベルが涼しげな音を立てた。木材をふんだんに使ったカントリー調の店内には香ばしい匂いが漂っている。
「いらっしゃいませ」
　ウエイトレスの案内で二人は窓際の席に向かい合わせで落ち着いた。
「代金は私が持つ。好きな物を頼めばいい」
「ありがとなの」
　女の子は三種類のパフェを注文した。ヨハンはワッフルとコーヒーを選択。待ち時間を活かして話を振ってみる。
「食べられるのか？」
「パフェは飲み物なの」
　間もなくテーブルに各種のパフェが並ぶ。女の子は手を合わせて食べ始めた。頭頂のクリームをスプーンで掬い取って口に運ぶ。
「食べ方は普通だな」
「ちゃんと味わって食べるの」
　スプーンを使って掘り進めて一つを食べ終えた。速やかに次のパフェに取り掛かる。少しの遅れも見られない。同じ調子で二つ目の底にスプーンが到達した。
　ようやくヨハンの注文した品が運ばれてきた。コーヒーを一口飲んでワッフルに手を付けた。
　女の子は最後のパフェを黙々と食べている。自然とヨハンの食べる速度が上がった。
　ほぼ同時に食べ終えた。備え付けの紙ナプキンでヨハンは口を拭う。
「そろそろ歩くか」
　メニューを見ていた女の子は顔を上げた。ぷっくりとした唇で、お散歩するの、と返した。
　支払いを済ませたヨハンは旧市街に足を向けた。横に並んだ女の子をそれとなく眺める。特に変わりはなく、腹も出っ張っているようには見えなかった。
「小さい身体でよく入るものだ」
「メインディッシュを食べ損ねたの」
「このような出費は想定していなかった。メリーは何も食べてなかったのか？」
「ちゃんと食べてきたの。朝はごはんをおかわりしたの」
　言いながら自身の指を折って何かを数えている。おかわりの回数であれば二桁に届く。
「……危なかったな」
「そうなの？」
「こちらの話だ」
　二人は旧市街を歩いた。目にした公園に立ち寄る。女の子はブランコを楽しんだ。ヨハンは近くの柵に腰掛けて見守る。
　薄青い空にオレンジ色の光が滲む。ヨハンは空を一瞥した。
「私の家まで瞬間移動は出来るか」
「簡単なの」
　立ち漕ぎしていた女の子は消えた。ブランコだけが大きく揺れている。
　ヨハンは立ち上がった。腕に触れられた小さな手を見た。
「着いたの」
「身体に何の負荷もないのか」
「毒になる便利さなの」
　ヨハンの言葉を混ぜて言った。
「確かに猛毒だ。メリー、少しここにいてくれ」
　何かを思い出したかのように家に入る。ヨハンは愛犬を抱えて戻ってきた。手にはハムスターを握っている。
「私の犬のジョンに、ハムスターのクラリックだ……可愛いか？」
「プリプリして可愛いの」
　うっとりとした目で女の子は言った。ヨハンは話題を切り替えた。
「……メリーには家族はいないのか」
「たくさんいるの。家もいっぱいあるの」
　ヨハンは愛犬とハムスターに目を落とす。
「そうか。出会った皆が家族なのか」
　目を上げると、そこに女の子の姿はなかった。

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