メリーさんの思い付きでお散歩、なの｜リアクション

メリーさんの思い付きでお散歩、なの

　早朝、八神修は春らしいカジュアルスーツに身を包んだ。出掛ける前に専属ドライバーの風間に行き先を告げた。
「修様、いってらっしゃいませ」
　恭しく送り出された修はにこやかに邸宅を後にした。
　
　電車を乗り継いで訪れたのは上野恩賜公園であった。広々とした園内は木々に溢れ、様々な施設が建ち並ぶ。
　事前に決めていたのか。修は国立科学博物館へと歩を進める。前方におかっぱ頭の女の子がいた。後ろ姿を見ただけで修は頬を緩めた。
「メリーさん、おはよう」
　声を掛けた途端、女の子は瞬時に正面を向いた。瞬間移動の為せる業である。
「正解なの。魅惑の腰のラインで思い出したの」
「おかっぱ頭の着物姿でわかったよ」
　予想していた反応と違うのか。女の子の頬が少し膨らむ。
「そういうことにしてあげるの。今日はお散歩日和なの」
「確かに良い天気だね」
「好きなところに連れて行ってあげるの」
　修は苦い笑いで言った。
「目の前にある場合はどうすればいいのかな」
「一緒に付いていってあげるの」
　二人は揃って博物館の中へと入っていった。

　広々としたホールを女の子が腕を振りながら歩いた。修は斜め後ろから微笑ましい視線を送る。
　二人は、ほぼ同時に日本館の展示室に入った。天文に関わる書物や道具が置かれていた。女の子は一目で素通りした。修は古い書物に顔を寄せる。なるほど、と声を漏らして読み込んだ。
「次のところに行くの」
　奥の階段の手前で女の子が言った。
「メリーさん、ちゃんと見て回った？」
「疑われて心外なの。証拠を見せるの」
　瞬間、女の子が数人に増えた。一秒にも満たない瞬間移動の連続は圧巻であった。
「納得したよ」
「次に行くの」
　女の子は逸早く階段を上がっていく。修は年の離れた妹のような感覚で、仕方ないな、と笑って付き合った。
　二階も瞬間移動で済ませた。女の子は先程と同じように修を急かす。
「わかったよ」
　修の一言で女の子は弾むようにして階段を上がる。
「三階も同じかな」
　早々に予想は当たった。瞬間移動が炸裂して瞬く間に引き返す。
　二人は地球館の展示室に移動した。同じような状況が続く。
「……デジャヴみたいだ」
　修は独り言のように呟いた。
「次は下に行くの」
　先程の日本館とは違って女の子は地下の階段を選んだ。出迎えた恐竜の骨格標本に足を止める。
　今までとは異なる反応に修は興味を覚えた。女の子の顔を見ながら付いて回る。
「メリーさんは大きな標本に興味があるみたいだね。アパトサウルス、それにティラノサウルスとか」
「この骨が肉の量を想像させるの。食べ応えがありそうなの」
　ぷっくりと膨らんだ下唇をペロリと舐める。修は納得したように頷いた。
「そうだ、メリーさん。博物館の近くにオープンカフェがあったから」
「お散歩コースの変更を聞き入れてあげるの」
　女の子は修のスーツを掴んだ。

　二人は店舗の前に瞬間移動した。一瞬のことなので誰も気付いていない。
「注文は任せたの」
　女の子は空いていたテーブル席に座った。特に変化の見られない額に手の甲を当てる。まるで一仕事を終えたかのような態度であった。
「メリーさん、助かったよ。今度は俺の番だね」
「グッドラックなの」
　女の子は乏しい表情で親指を立てた。
　程々の時間を経て修は戻ってきた。各種の飲み物をテーブルに順々に置いていく。それに見合うサンドイッチを並べた。
「俺はサンドイッチとコーヒーを貰うよ」
「いただきますなの」
　手を合わせたあと、女の子は黙々と食べる。口の回りを汚すことなく、次々と平らげていく。合間に飲み物で喉を潤した。
　修はサンドイッチを口に含んでゆっくりと味わう。口直しにコーヒーを啜り、広々とした園内を見回した。
「桜が美しいな。ちょうど見頃だね」
「花よりサンドイッチなの」
「そのようだね」
　女の子は最後のサンドイッチを食べ終えた。自身のハンカチで艶やかな唇を拭う。
「今日は行動が早くてびっくりなの」
「気持ちに正直でいたいからね。だからと言って学業を疎かにはしないよ。優先順位の問題だね」
「ツインテールは何番目なの」
「それは、まあ、上位かな」
　修の照れた様子を見ながら女の子は手を合わせる。
「ごちそうさまなの」
「また、会えるかな」
「優先順位が高いのなら会えるの」
　修は微笑んだ。女の子は黙って受け止める。
「元気な妹みたいだよ」
　瞬時に無人となった席に修は優しく語り掛けた。

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メリーさんの思い付きでお散歩、なの

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