メリーさんの思い付きでお散歩、なの｜リアクション

メリーさんの思い付きでお散歩、なの

　夜の帳が下りる頃、ゆったりとした星ヶ丘の住宅街を桜月が気ままな足取りで歩いていた。赤いワンピースに白いレースのカーディガンを宛がい、差していた日傘をクルクルと回す。内側に描かれた星々が夜空の友人と一緒に戯れているようだった。
　はたと歩みを止める。赤い瞳を夜空に向けた。星々の瞬きが砕けた波頭のように思えた。仄白い月が黒い海に浮かんでいる。
「星の海に漂う月の宝石……うん、良いデザインが浮かびそうだ」
　手帳をカンバスに見立てて洋服のデザインを描き込んでいく。納得すると、また歩き出す。夜の散歩を再開した。
　気になる対象を見つけては足を止める。煌めく宝石のようなデザインが手帳に収められていった。
　緩やかな下りを歩いていた。月は何気なく横に目をやる。おかっぱ頭が最初に目に入り、自然と表情が和らぐ。
「メリーさんも夜の散歩かな」
「その通りなの。通の嗜みなの」
　女の子は着物姿で弾むように歩く。月は小さな友人を見るような眼差しで言った。
「一緒に散歩をしないか」
「そのお願いは叶っているの。行きたいところに連れて行ってあげるの」
　きりきりと歩いていた女の子が黒い瞳を向けてきた。月は困ったように首を傾げて笑った。
「私としては一緒に歩いてくれるだけで」
「メリーさんの存在理由が危ういの」
「そこまで言われると、考えない訳にはいかないね」
　月は少し俯き、天に助けを求めるかのように顔を上げた。星が瞬く雄大な海に目を奪われ、ああ、と急に声を漏らした。
「高い山には興味があるよ。ここの夜空は綺麗だけど、もっと違う星々を見てみたい。例えばだけど富士山の山頂かな」
「用意してくるの」
　忽然と女の子は消え去った。月は少し不安を覚える。
「無理を言ったかな」
　数秒がとても長く感じる。少しの息苦しさを覚えて月は深呼吸をした。
「ただいまなの」
　女の子は戻ってきた。着物の上に格子模様の赤いどてらを羽織っていた。両手に抱えるのは白いダウンジャケットであった。
「上は寒いからこれを着るの」
「ありがとう、メリーさん」
　間もなく二人は手を繋ぐ。

　圧倒的な星々が月の頭上で瞬く。一瞬、身体が震えた。見上げた姿で時が止まる。
　流れ星が天を横切り、ようやく声を出せた。
「……こんなに凄いんだ」
「いっぱいあるの」
　女の子も同じように見上げていた。
「少しいいかな」
　断りを入れて月は手を離した。持っていた手帳に頭から溢れ出るデザインを描いていく。一枚では収まらず、何枚も費やした。
　暇を持て余した女の子は瞬間移動で空中に移動した。連続することで浮いた状態を保つ。
「楽しそうだ」
「一緒にどうぞなの」
　隣に現れた女の子は月の手を握った。
　二人は空中にいた。落ちる前に斜め上へと移動する。少しずつ高度を上げて回るように瞬間移動を繰り返す。
　月は日傘を掲げて興奮気味に言った。
「星空の舞踏会だ」
「これもお散歩の一種なの」
「空中散歩だね。メリーさんのおかげで良いデザインが浮かんだよ。服が完成したらプレゼントしよう、着てくれる？」
　女の子は月の目を見て言った。
「食べられない物も受け付けているの。また絵のモデルになってあげるの」
「その時はよろしくね」
　富士山の山頂よりも高い場所で、二人は星々の光を浴びて踊り続けた。

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