【お花見】しづ心なく花の散るらむ｜リアクション

【お花見】しづ心なく花の散るらむ

　ICレコーダーのスイッチを入れ、椿美咲紀は弾む声で話し始めた。
「はーい、椿美咲紀です。寝子高新聞新年度開始の特集記事に使うべく、私は今、お花見イベントを取材なのです！」

「春休み楽しかったにゃー、な記事を書くには、このイベントは必須なのであります！」
　ここは強調しておきたい。
　今回の取材にあたって、美咲紀はきちんとイベント本部に取材許可を得ていた。だから公式取材だ。制服姿で腕章も巻いている。
「それにしてもすごい賑わいなのです☆　地図はもらったけど、ステージまでまっすぐ行けるかなあ……」
　ここでアッ、と思い出し、美咲紀はごそごそとカメラを取りだした。
「忘れちゃわないうちに綺麗な桜を写真撮りましょ。桜さん、アップの写真もほしいですからね～」
　プロ仕様のカメラ、ファインダー越しに見る桜は格別だ。カメラは重いが、その重みも心地良い。
「あ、美咲紀ちゃん！」
　ファインダー内に野々ののこの、特徴的なアホ毛が飛び込んでくる。
「だめじゃないののちゃん、カメラの前に立っちゃ！」
　と、いつものようにののこに突っ込みを入れているのは七夜あおいだ。
「ほえ、ののちゃんとあおいちゃん♪」
「わんばんこー♪」
「なにその挨拶……？　あ、ごめんね取材だよね？　邪魔しちゃった？」
　意味不明のＶサインをするののこに、彼女の分まで頭を下げるあおい、なんというか、いつも通りのコンビネーションだ。
「写真なら問題ないです気にしないでＯＫです！　ところで、よければ桜眺めつつ談笑してる姿を写真撮らせてもらっていいかなぁ？」
「私たちの写真を？」
「あおいちゃんはともかく、私の写真なんか撮ったらレンズが曇るよ♪」
「なに明るい声で卑屈なこと言ってるの……、えっと、新聞用？」
「もちろん！　寝子高新聞に載せるですよー☆　お花見イベントだもん、花見している写真あった方がいいもん」
　するとたちまち、あおいは自分の顔の前で両手をバタバタと振った。
「そそそ、そんな恥ずかしいっ！　ね、ののちゃん？」
「一面でカラー掲載ならいいよ☆」
「なんでそんな乗り気になってるのー！」
　あおいに構わず美咲紀はカメラを構えた。
「了解☆　一面でカラー掲載、写真の出来映えによっては前向きに検討するのです！」
「いやもう本当に恥ずかしいからー！　ごめんねー！　取材頑張って－！」
　しかしあおいは顔を赤くし、ののこの襟首をつかみ引きずるようにして逃げ去ってしまった。
「ちぇー、被写体に逃げられてしまっては仕事にならないのです」
　腕組みして美咲紀は数枚桜を撮影すると、
「では、もう一つの仕事に参るとしましょう」
　心機一転、ぱっと屋台に走るのであった。
　もちろん主目的は屋台の取材、もうひとつの目的は、ステージ取材に使う差し入れ。
　おっと、自分の腹ごなしも忘れてはいけない。
「焼きそばくださーい！」

　つきあい始めたばかりのふたりにとって、春の日々は発見を繰り返す毎日だった。
　互いの好きなものを知る。苦手なものも知る。
　握り合う手の感触も、互いに知る。
　小さな秘密を教えあい、ふたりだけの秘密を作る。
　乃木成美と仲村渠鳴はまさにいま、そんな状態にあった。何もかもが初めて、何もかもが、発見だ。
　連れだって海浜公園に来たとき、そういえば付き合いだしてから、こんなに人出のあるところに来るのは初めてだと鳴は気づいた。