【お花見】しづ心なく花の散るらむ｜リアクション

【お花見】しづ心なく花の散るらむ

　春――。
　春から、水上桜の生活は一変する。
　正確にはもうじき、この４月から一変する。
　まず高校生になる。中学生から高校生、世間的な認知は『子ども』のくくりのままかもしれないが、桜にとっては大きな変身だ。制服が変わったり、通う場所が変わる以上の意味がある。
　そして彼女は進学と同時に、桜花寮へ入寮することになる。
　住み慣れた実家から寮へ。家族以外と暮らすことになるなんて、お正月の時点、いや、ほんの１か月前であったとしても、想像することすら難しかった。
　理由は一言でいえば、父の事情だ。
　桜の実家はシーサイドタウンにあるのだが、大手都銀『みけねこ銀行』勤務の父がニューヨーク支店の幹部となり、母親と弟を連れて赴任することになったためだった。
　父の転勤、入寮の手続き、そうした諸々はあまりに慌ただしく進んだため、その過程にあった細かなものは、新幹線の車窓から眺める街並みのように、桜の頭にはあまり残っていない。
　気がついたら引っ越し準備は終わっていて、あとは寮へ移るだけの状態になっていたのである。
　もう３月も残り少ない。変化のときは目の前だ。
　いつまでも変わらないものなんてない。ほんの些細な理由で、変わってしまうものなのだ。
　よく考えれば当たり前のそのことを、桜はこの短い期間で学んだ気がする。

　昨日、桜は家族と花見に出かけた。
　そして今日は中学の同級生たちと待ち合わせて、寝子ヶ浜海浜公園に遊びに来ている。
「おっそーい！　桜、何時間待ったと思ってるんだー！」
「って、２分くらいしか遅れてないしー！」
「いいや、待ったね。百年くらい！　気持ちの上では！」
「てかその気持ちの上、ってどういう意味ー！」
　集合の時点ですでに賑やかだ。私服姿の友人たち、全員女子。
「てか昨日の晩、超ヤバイ動画見ちゃってさー」
「それで寝坊したんだ？」
「いや、別に普通に寝て起きたよ。単に電車一本逃しただけ」
「オイ！」
「でさ、どんな動画だったんよ？」
「心霊の……」
「あ、なし！　いまの話なし！　終了！」
「なんで？　こっからが面白いんじゃない。呪いのタブレットPCってのがあってさあ……」
「キャー！　ダメ！　あたしそういうの全部ダメ！　ダメキチ！」
「なによダメキチって？　心霊と言えば私、この前……」
　女三人よれば姦（かしま）しいとはよく言ったものだ。女子中学生から女子高生にクラスチェンジ間際の彼女たち、何を見ても面白おかしい時期なので、春のぽかぽか陽気も相まって、口の滑りが実になめらかというか……まあ、ともかくアンストッパブルなのだった。
　バカ笑いする場面あり、きゃあきゃあ騒ぐ場面あり、ツッコミ入れたり入れられたり……。
　中学校を卒業したからといって、急にみんな顔つきが変わるわけじゃない。話す内容だってさして変わらない。けれども――誰かのつまらない逆に、涙がこぼれるくらい笑いつつ、ふと桜は気がついた。
　このメンバーの寝子中の制服姿、もう、見ることはないんだ。
　だからどうということはないのだけれど、毎日当然のように見ていたものが、もう過去になってしまったのかと思うと、少し、寂しい。
　それに、大抵の子は自分と一緒に寝子高へ通うことになるけれど、島外の高校に通う子もいるので、皆が揃うのも当面はないかもしれない。
　当面は、だ。二度とないとは思わないし、思いたくない。
　でもその可能性も、あるということからは目をそらさないでいよう。だから今日も存分に楽しもう。そう桜は決めていた。
　それはそうと、
「じゃ、屋台巡りに行かない？」
「さんせー！」
「最初に焼きそば行くつもりだけど並ぶ人ー！」
「えー、私お好み焼行きたい」
「私、焼き鳥」
「ラーメン派って少数？　こういうとこのンマいんだよ」
「絶対タコ焼きでしょう？」
「嘘！？　カレー行くつもりなの私だけっ！？」
「ちょっともー意見統一しようよー！　せめて粉モンかそれ以外で分けよう！」
「『コナモン』てなに？　新手のゲーム？」
「マジ粉モン知らんとかっ！？」
　行き先を絞ろうとするだけでこれである。
　……本当に、アンストッパブルだ。　