【お花見】しづ心なく花の散るらむ｜リアクション

【お花見】しづ心なく花の散るらむ

　川に漂う屋形船、畳敷きの上に両手を突き、しどけなく両足を伸ばしてアルレッテ･ザメニスは休息をとる。熱くなってきたので上着は脱いで、四つ折りにしてそばに敷いている。頬には紅が差し、目は半ば閉じていた。
「いい気持ち……」
　という口調もいささかあやしい。呂律が回っていないのだ。
　レイリー･マクティーラは酒瓶を月明かりにかざした。強い酒なのにもう半分も残っていない。
　まずった、飲ませすぎたか……？
　いささか反省しないでもない。興が乗ってつい、自分のペースにアルレッテを巻き込んだことが悔やまれた。
「あー……アル、今宵は特別月が綺麗だと思わねえか？」
　意識を確認する意味も込めて、レイリーはこう呼びかけた。
「そうだね、月が綺麗だ……桜もとても……」
　言いながらアルレッテはぺたぺたと、四つ這いでレイリーに近づいていく。くすくす笑いつづけており、行動も表情も子どもっぽいのだが、妙になまめかしくもあった。
　途上、前髪がばさっと目にかかった。アルレッテは無造作にかきあげて、
「ああ……月に桜が咲いているみたいだ」
　うっとりと言ったのだった。
　その月は、桜は、レイリーの瞳の中にあった。
　アルレッテはレイリーにしなだれかかるようにして、彼の目に映るものを見ているのだ。
「私は……この桜が一番好きかもしれないなぁ」
　やはり茫漠とした口調ながらも、どことなく確信めいた意識が声色にこもっていた。アルレッテは膝立ちしてレイリーに覆い被さろうとする。
「欲しいよ、この桜が」
「……ってオイ！　何してんだ」
　レイリーはアルレッテの手をはっしとつかんだ。その手たるや、外側は冷たいのに芯は熱く、ついて少し置いた餅のようではないか。
「たちの悪い酔っ払いだな」
　まったく、とレイリーは苦々しくつぶやいた。邪険に扱う気すら失せるあたりが、とりわけたちが悪いと思う。
　そんなレイリーの様子には頓着せず、
「うん、でも……なんだか暖かいからこれはこれでいいかな」
　と言ってまた、アルレッテはへらりと笑った。そろそろ限界が近づいてきたのか、そのまま尺取り虫のようにすうーっと体を伸ばす。
　これはもう、お開きにすべきだな――レイリーは自分の杯を一気に干し、瓶に封をほどこした。
「おら、アル、ちゃんと連れて帰ってやっから、もう寝ちまえ」
　呼びかけてレイリーはアルレッテの瞼に手を乗せた。こわれものを扱うように、優しく。
　手をどけたとき、もうアルレッテは規則正しい寝息を立てていた。軽くその背を叩くと、レイリーは彼を座敷に横たえて立ち上がったのである。舟を返すとしよう。
　アルレッテに目をやる。アルレッテは両手を胸の上で組んで、両脚もきちんとそろえて眠っていた。
　まるで眠れる森の美女のように。
　何秒間、見とれていただろうか。
「あー……ホントに質の悪い酔っ払いだ」
　不意に我に返ったように言い捨てると、レイリーはわざと大股に舵のところへ戻るのだった。