【お花見】桜の下で待ち合わせ｜リアクション

【お花見】桜の下で待ち合わせ

　一歩進むごと、誰かが誰かと笑いさざめく声が聞こえてくる。
　宵の藍色を透かせながら、屋台に吊られた灯りの光を帯びて淡く輝く桜を見上げ、津島直治は桜まつりの寝子島神社をそぞろ歩く。参道を挟む屋台のあちこちから、美味しそうな匂いが次々と漂って来る。
　何も買わなくとも、時折風に乗って流れてくる桜の花びらを受けて歩くだけで楽しかった。
　参道をのんびりと巡る足が止まったのは、異国風の小さな天幕の前。入口付近に置かれた小さなテーブルの上には、もう随分と数が減って見えるものの、桜をモチーフにしたアクセサリーが並んでいる。ひとつひとつにつけられた値段はハードカバーの本が一冊、もしくは数冊買えるほどの値段ではあるけれど、そのひとつひとつが丁寧に手を掛けられたと分かる細緻な造りをしている。
「こんばんは、お兄さん」
「……こんばんは」
　天幕の中から手に手を取って出てきた同じ顔の幼い少年少女に挨拶され、直治は小さな会釈を返した。
「今晩は」
(私より年下でしょうか……)
　白金色した髪のふたりは、その左右色の違う瞳のせいもあって、どことなく不思議な雰囲気を宿している。
「ごめんね、占いはもうお仕舞なんだ」
「そうですか……あの、こちらの開運アクセサリーは」
「ああ、買ってくれるならいいよ。いくついるかな？」
　年下のように見えて、ずっと年上のようにも思える不思議な少年に問われ、直治はついいつものつっけんどんな口調を忘れた。
「一つ……あ、いえ二ついただきます」
「贈り物かい？」
「はい。ひとつは実家に送ります」
　それじゃあ、と贈り物用に包んでもらったひとつともうひとつを受け取り、少年の小さな手に代金を手渡しながら、直治は頬を綻ばせた。桜モチーフの小さなブローチとネクタイピンをポケットにそっと仕舞う。
(……喜んでもらえるといいのですが……)
「はい、ありがとう」
「ありがとう、お兄さん……」
　手を振ってくれるふたりにお辞儀を返し、直治はまた桜の中を歩き始める。参道をぐるりと巡り、外れた場所にある店まで覗いて、叔父のいる『思ひ出』出張所に帰る。
「お帰り」
「……ただいま」
　お客が来ていたのか来ていなかったのか、叔父は空っぽのテーブルを気にもせずレジ台のあるテーブルにひとり座って本を読んでいた。不愛想な顔をしたまま、直治は空いた席に腰を下ろす。
「どうだった」
　本を膝に置いた叔父から他の店の感想を尋ねられ、直治はちらりと叔父を見遣る。
「まあ、楽しかったよ」
　素直に答える難しさに眉を寄せつつ、ポケットに指を突っ込む。不思議な占い屋でふたつ買った開運アクセサリーのうちのひとつ、ネクタイピンに指先で触れる。
(どうやって渡そう……)
　お土産の渡し方ひとつにも迷う直治の思いはいざ知らず、文也は小さく微笑む。いつも通りな素っ気ない反応ではあるけれど、
(まあ、あの表情みれば大体わかる)
　花盛りの参道で、甥はきっと楽しいものをたくさん見たに違いない。

　最後のお客を声を揃えて見送り、クラーラとクレメルは顔を見合わせて微笑みあった。
「ふう。結構売れたね」
「おつかれさま、クレメル」
　ほとんど売り切れたアクセサリーや折り畳みのテーブルを片付け始める兄を手伝いながら、クラーラは天を仰ぐ。いつのまにか、空には宵闇が満ちている。
「このまま家に……」
「……待って」
　天幕も手早く片付け、荷物をまとめてさっさと帰ろうとする兄をクラーラは呼び止める。
「まだ、あまり桜を見れていないの」
「桜？」
　妹の視線を追い、クレメルは空を仰ぐ。藍色の夜を背負いながら、参道の光を浴びる桜は、朝方に店の準備をしながら見た桜とはまた違った花のように見えた。
「少しだけ、桜を見てから帰ってもいいかしら……？」
「そういえばちゃんと見てなかったね」
　天幕に籠り切りだった妹は特にそうだろう。桜を見たいと言っていた妹の言葉を思い出し、クレメルは店の色々を片付ける手を止める。妹の隣に並び、手を繋いで夜の桜を眺める。
「うん、綺麗だ」
　知らず、屈託のない言葉が唇から零れて落ちた。
(一日人間の相手をしていた疲れが癒される)
　兄の横顔の向こうに桜を眺め、参道を行く人々を眺め、クラーラは静かに頷く。
「ええ、とても綺麗ね……」
「……少しゆっくりしていこうか。時間はいくらでもあるのだから」
「そうね、それがいいわ」
　手を繋いだまま、星幽塔から来たふたりは寝子島の桜を見つめる。はらはらと、ひらひらと風に舞い落ちる桜の中で、クラーラはそっと願った。
(……こんな時間が、ずっと続けばいいのに)　　

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