【お花見】桜の下で待ち合わせ｜リアクション

【お花見】桜の下で待ち合わせ

　まるでデートみたいだ。そう思うとほぼ同時、
「恋人のように思われていたら面白いわね」
　空へ昇り始める観覧車の窓から外を眺めていた姉が微笑んだ。初めて聞いたかもしれない姉の『人間らしい』冗談に、新江天懸は眼を剥く。弟の視線を受けてか、大天使天吏は雷雲色の瞳をまた淡く微笑ませた。向かいに座る姉から真っ直ぐに目を見つめられ、天懸は息を詰まらせる。
　ひとではないものに、見つめられている気がした。
　瞳に映る姉はこんなにも鮮やかに微笑んでいるのに、どうしてだろう。
「桜が綺麗ね」
　姉の視線が外へと向かう。窓の外、黄昏から宵へと変わったばかりの街のあちこち、灯り始めた外灯に照らし出された桜が見えた。九夜山の麓に固まって見える光と桜は、あれは寝子島神社だろうか。

「姉ちゃん……」
　姉はきっと、桜なんて見ていない。綺麗だとも思ってもおらず、それどころか興味すら抱いていない。確信に近く、そう思う。
　空から大地を見下ろし、ならば姉は何を思うのだろう。
　姉の視線が動く。空を横切り狂ったように舞い飛ぶ蝙蝠を追い、姉の視線が大地から空へと昇る。
(……地上を見下ろせる、鳥……)
　翼持つものを瞳に捉えたまま、天吏は瞳を細める。
　寝子島のそこここに咲き乱れる桜に興味は微塵も無かった。けれど今日一日、フツウの女子高生として日常を送れた。そのことだけに安堵する。
　薄く空いた窓の隙間を潜り抜け、風に乗って空まで舞い上がって来た桜の花片がベンチに落ちる。
(元の場所に戻るしかない、人間……)
　己がその人間であることに唇を噛むとほぼ同時、
「……観覧車に乗っても元の位置に戻るだけだぜ、人間は」
　こちらの視線をしつこく追っていた弟がぽつりと零した。
　瞬間、思いがけず己の感情が激するのを感じ、天吏は眉をひそめる。そうしながらも、胸に恐ろしいほどの勢いで怒りのようなものが噴き上がる。
　弟を見つめる。こちらの怒りを読み取ってか、弟はごくりと喉を上下させた。己と同じ色した瞳がせわしなく瞬き、そうして挑むようにこちらを見据える。唇を引きつらせるように、弟は笑った。
「いっそのこと、ここで観覧車が壊れて落下すればおもしれーんだけどな。死んじまうけど」
　そうすれば大天吏の血は絶える。
　そう言われた気がした。激昂を律することを忘れ、天吏は立ち上がる。急な動きにゴンドラが揺れる。大きくバランスを崩し壁面へと倒れながら、天吏は天懸の肩を掴んだ。弟の膝の間に片膝をねじこませ、弟の、己よりもずっと大柄で筋肉質な体を壁に叩き付ける。喉仏が目立ち始めた首元を掴む。
「……大天使家の血が途絶えることはない」
　低く怒鳴りつける。
「いいこと。お父様を思い出すために今日は庭園を選んだ」
　それは成功したのだろうと思う。弟は庭園にいる間中ずっと、どこかしら不穏な表情をしていた。
「貴方にも私にも同じ血が流れてるの。永遠に逃げられない」
　姉から呪詛のような言葉を耳元に吐きつけられながら、天懸は動けなかった。壁に叩き付けられベンチについた手の下に、冷たく柔らかな桜の花片を感じながら、
　――天懸！
　いつか、――いつだったかも思い出せないほどのいつか、姉が心から楽しそうに笑いながら投げてくれたボールが青空に躍る光景を色鮮やかに胸に思い出す。あれが、姉とした初めてのキャッチボールだった。最初で、最後だった。
「姉ちゃん……」
　地上へと降りてゆく箱の中、天懸は動けぬまま、ただただ小さく姉を呼ぶ。