賽の目の憂鬱｜リアクション

賽の目の憂鬱

　ここ最近はこの時期でも気温が高いのか暖かく、肌寒さは残るものの港の潮風はとても気持ちが良い。
「んー、寝子島観光楽しいなっ」
　背伸びと全身で浜風を受けるアリス・ミーティアは溢れる嬉しさに両手で口を覆ってくすくすと笑った。
　珍しいものでいっぱいでワクワク感が止まらず「今日は漁港まで足をのばしてみよう！」と思い立ち赴いたのは果たして大成功であった。
　船がいっぱいだね。
　もう漁は終わっちゃったのかな？
　ここでは何が獲れるんだろう。
　カニとか？
　お？
　やっぱり猫はどこにでもいるのね。
　漁港でたむろする猫は最早風物詩も同然で「面白そうなことしている猫発見」とアリスは一声を発した。
　丸めてまとめて置かれた投網の山に一大ジャンブをかまし、そのまま派手にダイブした一匹の猫に惹かれての事だった。
「網に絡まって遊んでるのかな？
　ちょっと近くに行ってみようー！」
　投網の山がもぞもぞと動いているのが遠くからでもはっきりとわかる。
　あっちでもぞもぞ、こっちでもぞもぞ。まるで気に入った出口を見つけるまで探検しているが如く、その山の動きは大変にコミカルだった。
　が。
　アリスは、二メートル、一メートルと近づくにつれ、様子がおかしいことに気づいた。
　猫が遊んでいるのではない。
「わわ、大変！」
　絡まった網で脱出できず猫が大暴れしていたのだ。
「網が絡まって取れないんだね」
　余計な網を除けて、猫を投網ごと引き寄せる。
「そんなに暴れたら余計に絡まっちゃうよ。
　ほら、言ってる傍から絡まって身動き取れなくなってるね」
　一度猫の頭を撫でて、自分が側に居ることを知らせてから、網ごと抱き寄せる。
「取ってあげるから爪でひっかいちゃダメだよ」
　改めて広い場所に移し抵抗されないように祈りながら、猫を取り囲む状況にアリスは両腕を組んだ。
　投網へのダイブから差程時間が経っていないが、激しく藻掻いた為に短時間ながらも充分に絡んでしまっている。
　これを綺麗に解すには、漁網の取り扱いに慣れていないアリスには少々困難に見えた。
　ただ眺めて考えても状況は良くならず、アリスは網に手を伸ばす。
　一本ずつ丁寧に。
「えっと、こっちが外れて。こっちを引っ張ったら……違う、こっちの網を外して……えと、あれ？」
　投網を構成する糸は細く柔らかく無色に近くて、矯めつ眇めつ目を凝らすアリスは、短く息を吐いた。凝る首を伸ばし、軽く回す。
「ずっと網見てると私の頭もこんがらがりそう」
　時間にして十分ほど、ああでもないこうでもないとアリスと投網の格闘が続けられていた。
「大人しいね」
　集中しながらも合間合間にアリスは猫への呼びかけを忘れない。
　痛くない？
　苦しくない？
　遊んでいたんだよね。
　びっくりするよね。
　怖くないよ。
　大丈夫。
　大丈夫だから。
　それはまるで世間話をしているように。
　猫が「にゃぁ」と鳴けば、頷きを以ってアリスは応え、時には撫でて宥める。
　そうこうしている間に五分が過ぎて、やっと網の絡まりが取れた。
　解きほぐされ拘束から解放された靴下柄の猫は、その場で一回転してからアリスの前で姿勢を正した。ちょこんとお行儀の良い猫にアリスは笑う。
「爪で引っかかずに待っててくれてありがとう」
　最後まで我慢していてえらかったと撫でるアリスに、猫は自ら頭を彼女の掌に擦り寄せる。
「でも、次は網に絡まらないように気を付けてね。漁師さんがビックリするから」
　褒めもするが、注意もする。そんな彼女のキリッとさせた表情に釣られたのか猫もまたキリッとするので、アリスは堪らずくすりと笑う。
　アリスは靴下柄の猫に別れを告げて、再び歩き出した。
　知らず知らずの内にアリスの頬が緩む。
「やっぱり寝子島っていつ来ても新たな発見があって楽しいね」
　二つと無い出会いはどれも鮮烈なものばかり。
　芽生える好奇心は、彼女の歩みを進ませる。
「次は何が起こるかな？」
　毎日そんな期待をこの島は抱かせてくれる。