賽の目の憂鬱｜リアクション

賽の目の憂鬱

　猫屋敷姫は買出し帰りの途中。
　ビニール袋を引っ提げて今日はいつもとは違った道を歩いている。普段は行かないお店に行った帰り道だった。
　お気に入りの陶器茶碗をうっかりと割ってしまったのが今日の遠回りの理由だった。
　陶器には繋ぎ合わせて継ぎ目を楽しむ特殊な修繕技法も世に存在するが、それはそれ、なのだ。
　仮にそうして直して再び飾った所で同居する猫達が故意なく割ってしまうかもしれない。毎回パーンパーンと砕かれては目も当てられず、対策として木製茶碗を姫は求めた。
　結局今日は買わずして家に帰る所だが、いくつか目星はつけてきたのであとはお財布の問題をクリアするだけ。収穫があってほくほく気分で静かな川面にかかる橋を渡り始めた姫の、
「にゃんとぉ！」
　叫声と水音がかぶった。
　猫が送水管から川へと落ちた。状況に驚愕した姫はその先を想像する。
　このまま苦手な水に藻掻き苦しんで川下まで……そして、可哀想な事になる。
　誰の助けも無ければそれは猫にとって遠くない未来だ。
　それは正しく絶望的状況だ。
「フフフ」
　と、姫が不敵に笑う。無敵に笑う。
　猫を助けようと差し伸べる手が無い？
　否、そんなことは有り得ない。
　何故なら。
「ここにいるです。神は私に試練を与えたもう」
　ばばーんと姫は奮い立つ心のままに胸を張った。
　寝子島に猫と共に歩む事を良しとする猫屋敷の住人なれば！
　これくらいの猫の災難など！
　何が障害となろうか！
　肝が座れば腹も決まる。腹が決まれば、頭も醒める。冴える思考は行動を呼び起こす。
　静かな川面は表面だけで水の流れは見た目よりも相当早いらしくどんどんと猫は流されて、姫は見失ってはいけないと川岸を走る。
　階段状の段差を駆け下り水辺に辿り着くと、猫と自分との開きを目算し安易にどうこうできる距離でないのを再認識すると、
　なんと、
　その場で躊躇いなく服を脱ぎだした！
　セクシーショットはサービスショット。
　ただ幸いと言うべきか残念と言うべきか、拝めた観客も野次馬も通行人も居なかった。
　買い出した商品は逆さにして除いた空のビニール袋を宙に放ると姫はピコハンを頭上高く振り被った。
　″もーもたろさんﾓﾓﾀﾛｻｧﾝ！″　発動するろっこん――スクナヒコナ――振り下ろされたピコハンに叩かれたビニール袋は姫が歌唱中に指定したサイズへと巨大化する。
　可能なら袋に猫を入れて救出したかったが、それは難しそうだった。なので浮袋代わりにそれを膨らませ、川へと飛び込む。
　浮力を水流に乗せて猫へと接近した姫は救助の手を茶トラに伸ばした。
　ガッシとしかと猫を捉える。
「ハッハッハ！　ネコは言っている。ここで死ぬさだめではないと！」
　それはもう絶対だ。絶対に絶対だ。
「心配しなくてもいいですよ。どーんと任せろです」
　やはり水の流れは速く自力では飛び込んだ位置に戻れない。人の助けも得られないし、それならばと姫は体勢を変えて流されるままに次の岸辺で陸に上がった。
　上流に戻る途中擦過傷や素人でもわかる明らかな骨折、他に外傷がないか全身を触って診て運ぶ際、障害になるようなのが無いのを確認し、服を着た姫は自分の上着で猫を包みズレ落ちないように袖を縛って固定する。
　少し肌寒くて濡れた頭のままでの無茶は風邪をひいてしまうかもしれないが、そんなのは瑣末なものだ。
　猫も人も彼女が行う対応は変わらない。
　災難に遭った人がそうするように、助けた猫は病院へ。
　検査をして先生から心配はいらないとお墨付きをもらってから、姫は猫に別れを告げる。
　猫のように気まぐれな神に試練を与えられ同時に救いをも与えられた茶トラは、颯爽と去っていくその背中をいつまでも見続けたのだった。